取材日記

新しいインド社会を撮る

2015/01/16

きょうの取材日記は、インドを担当した桃井和馬さんの登場です!本の主人公であるアルナブ君の生活は、いったいどんなだったのでしょう……?

 

インドを訪れた日本人の感想は、多くの場合、真っ二つに分かれると言われています。衛生観念の違いなどを理由に「もう二度と行きたくない」と感じる人たち。そして根底から異なる文化を持つインドの魅力にとりつかれ、インド通いを始める人たちです。

私は明らかに後者で、最初にインドを訪れた25年ほど前から、何度もインドを訪れ、撮影を続けてきました。深く多面的なインド文化。また地方ごとに異なるインド料理は毎日食べても食べ飽きることがなく、帰国後も無性に食べたくなるくらいなのです。

しかし21世紀に入り、インドの経済成長が本格的になった頃から、インド社会もグローバル化の波に覆われるようになり、IT産業などで、世界市場の一角に組み入れられた豊かなインド社会が出現するようになったのです。

インド編の主人公であるアルナブの家族は、まさにそんな新しいインド社会を象徴していました。

アルナブのお父さんとおじいちゃんは、ひいおじいちゃんが始めた出版社を引き継いでいるのですが、その会社から出される本はすべて英語で書かれています。そのため、本の取引先は50ヵ国以上。それだけでなく、アルナブのお父さんが中心となって、パソコンやスマホなどで使える教材ソフトも作っています。こちらもちろん英語ですから、世界市場が相手のビジネスになっているのです。

時代が21世紀に入った頃、つまりインドがBRICs(経済急成長諸国であったブラジル、ロシア、インド、中国の頭文字からつけられた総称)と世界経済の中で言われるようになった2000年直後から、家族の生活も一変したと、アルナブのお父さんからききました。グローバリゼーションの影響で生まれた好景気が、家族の生活を根底から上げていったのです。

そんな家庭に生まれたアルナブは、生まれたときから、豊かなインドしか知りません。ベイハブ兄さんの部屋にも、アルナブの部屋にも、それぞれが使うトイレ付きのシャワー室があります。そして洗面台の横には、清潔なタオルが何枚もたたんで置いてあり、まるでホテルの部屋のようなのです。

通っている学校は、デリーでもっとも有名な私立の一貫校(小学校~高校まで)。人気が高いため、スクールバスや、運転手つきの車で、1時間くらいかけて通ってくる生徒も大勢います。

学校の授業はすべて英語。卒業生の中には、有名な芸術家や、一流企業で活躍するビジネスマンも少なくありません。そして多くの生徒は、学校以外でも、塾に通ったり、家庭教師に来てもらい、さらに高いレベルの教育を受けているのです。

古き良きインドに郷愁を抱いていた私にとって、最初、アルナブの家族とつきあうのは、とまどいの連続でした。

アメリカのハーバード大学で、ビジネスの学位を取得したお父さんは、最低でも月に2回は海外出張に出かけます。アルナブ自身も、年に2回は家族と海外旅行に行き続けています。アルナブの家族は、インド社会と同じように、世界とダイレクトにつながっていました。それがアルナブにとっては、当たり前の家族で、当たり前のインド社会だったのです。

急速な経済発展が、中国を世界の中心国に押し上げたように、インドの今を知ることは、これからの世界を理解する上で重要だと感じるようになったのです。

取材を続ける中で、アルナブの家族を通して見えてくるインド社会は、私を含め、これまで多くの日本人が抱いていたインドへの先入観を劇的に変える可能性があると感じるようになりました。それは「経済的には恵まれていないものの、豊かな精神世界を持つ」インドではなく、一般的な日本人よりもはるかに豊かな暮らしをするようになった新しいインド社会です。そして人口が日本の10倍あるインドでは、そうした富裕層が、私たち日本人が想像する以上の規模で誕生しているのです。

アルナブとアルナブの家族を通して、新しいインド社会を紹介したい。この取材を初めてから、私はそう思うようになりました。

つづく……

(写真・文 桃井和馬)

世界のともだち⑲『インド アルナブ世界をめざす』について詳しくはこちらをどうぞ!

桃井和馬

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1962年生まれ。写真家、ノンフィクション作家、日本写真家協会会員。桜美林大学特任教授。これまで世界140か国を取材し、「紛争」「地球環境」などを基軸に、独自の切り口で「文明論」を展開している。第32回太陽賞受賞。主要著書に『もう、死なせない!』(フレーベル館)、『すべての生命(いのち)にであえてよかった』(日本キリスト教団出版局)、『希望の大地』(岩波書店)他多数。

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