上橋菜穂子の実況レポート
NHKドラマ 「精霊の守り人」

Vol.09 頭の中の「現実感」

2018/01/05

 山の底の儀式場を訪ねてから約2週間後、再びスタジオを訪れると、暗い洞窟は消え去って、今度は物見櫓やラウル王子の天幕がある、タルシュ軍の宿営地に変わっていました。
 タルシュ兵の皆さんは、鼻の下あたりから首まで黒く塗っておられて、なんだか奇妙なお顔をしています。上から黒いマスクを被るので、下の部分は黒メイクをしているそうなのですが、うーむ、マスクがないと、思わず笑いたくなるようなお顔でした。
 タルシュ兵さんたちは、基本、金色と黒で、現場では「金タル、黒タル」と呼ばれておりました。
 私たちが、そのネーミングに笑っていると、
「赤タルもいるんですよ」
と、ドラマ最終章から演出陣に加わった樋口真嗣監督が教えてくださいました。
「ほら、伝令役の赤鎧。あれが赤タルです」
 なるほど。羽根飾りをつけていて、風の抵抗を受けて走りづらそうなタルシュ兵を見たことがあったなぁと思いながら、
「そういえば、ドラマを観た方たちが、タルシュ帝国って阪神ファン? と、書いていましたね」
と、言うと、樋口監督、笑いながら、
「いや~タルシュの金黒デザインは、むしろ、ダズル迷彩ですよ」
と、聞きなれないことを、言い出しました。
「なんですか、ダズル迷彩って?」
「第一次、第二次大戦中にイギリス軍が軍艦などに使った迷彩で……」
樋口監督、スマホで画像を見せてくださいましたが、軍艦がシマシマ模様!
 真面目にこんなことしていたのか、と驚きましたが、タルシュ軍ダズル迷彩説、他の人たちも共有しているのかは不明です。
 でも、錯覚や錯視を利用する視覚効果は、ある意味、ドラマなどの映像文化では、本質的に重要な技術なのだということを、ドラマの撮影を見ていて感じました。

 スタジオで見学をさせていただいて、最も面白かったのは、「現場」と「カメラを通した後の映像」の、驚くほどの違いを実感できたことです。
 正直なところ、撮影現場は、「本番!」の声がかかるまで、どこか雑駁な、作り物の空間です。物見櫓のタルシュ兵さんは目をつぶってうとうとしていますし、スタッフが配線をまたぎながら、行ったり来たり。天幕や旗を揺らす風を生み出す扇風機がまわり、かがり火が燃えていても、照明の明るさに負けて、明るいとも思いません。
 本番! の声がかかると、一気に場が張りつめ、役者さんたちの演技に目が釘付けになりますが、その周囲の光景は、やはり、セットでしかないのです。
 ところが、です。
 セットが作られている部分の外側に並んでいるチェック用のテレビで、いま撮った場面を見せていただくと、え!? と驚くほど印象が違うのです。
 曇り空のもと、鈍い日の光が時折雲間からふりそそぎ、風が強く土埃が舞う、広々とした戦場の陣営が画面に映し出されているのですよ。
 これぞ、視覚のマジックです。
 現場を作るスタッフさんたちは、どのくらいの光量の、何色の光を、どこにどう当てたら、曇り空のもとの光に見えるのか、風をどこからどうあてたら、土埃の舞い方、旗の揺らぎが本物に見えるのか、それを知っていて、微妙な調整をしておられるのでしょう。

 私たちはもともと、このくらいの光なら曇り、このくらい布がはためいていれば、このくらい広い場所で、やや強めの風が吹いている……というようなことを、とくに意識することなく一瞬で感じ取っているもので、それが、私たちにとっての「身の回りにある現実」なわけです。
 そういうものを、画面の向こうに人工的に作り出すためには、「頭の中にある現実感」が、どうやって察知されているのか、わかっていなくては出来ません。

 私は、「いま、ここ」ではない世界を書くことが多い作家ですから、描写をするときに、これをこう書けば人が現実と感じる、というものを散りばめています。
 多すぎれば説明的になりますから、適度な描写に留めますが、そのとき、私の頭の中にはとてもリアルな風景が見えていて、風すら肌に感じています。
 そういう仕事をしているもので、ドラマの撮影現場をみたとき、「頭の中の現実感」を、微妙な匙加減で作り出していく技が、とても面白く感じられたのでした。

 タルシュ陣営に降り注いでいた、あの、曇り空の下の、昼下がりの光を、やがて、皆さんも画面の向こうにみることになるのですね。

2016年3月より放送予定 NHK 大河ファンタジー 「精霊の守り人」原作2016年3月より放送予定 NHK 大河ファンタジー 「精霊の守り人」原作