上橋菜穂子の実況レポート
NHKドラマ 「精霊の守り人」

Vol.07 頭の中にある「広さ」

2017/11/24

 ドラマもいよいよ最終章スタートですね。

 もう随分前のことになりますが、今年の3月、ドラマ最終章の撮影現場を見せていただくためにスタジオに行ってきました。
 昨年はツーラムの港街が広がっていた場所が、なんと、山の底の儀式場に大変身しておりました。

 巨大な岩の間から、ほぼ円形の儀式場を見下ろしたとき、なんとも不思議な感覚に襲われました。そこが、『闇の守り人』を書いていたとき、私に「見えて」いた儀式場の広さと、ほぼ同じだったからです。

 もちろん、セットですから、見上げれば天井と照明器具があり、土埃がたたぬように霧吹きで水を撒いてまわっているスタッフや、道具を運んでいるスタッフたちがいて、神秘的な感じはありません。
 それでも、やがて撮影準備が整い、中村獅童ログサムが王の槍たちを引き連れて入ってきて、ずらりと並び、ヒョウルたちと、槍での闘いをするリハーサルを始めると、私がかつて思い描いていた光景にとてもよく似ていて、ああ、あのとき思い描いていた広さは、現実に人間が動いてもちょうどよい広さだったのだ、という安堵の思いが胸に広がったのでした。

 物語を書いているとき、私の頭の中には匂いや手触りもある「光景」が広がっています。それは、しかし、ときに、目を凝らし続けても端がぼやけていることがあって、そこに何があるのか見えない、ということもあるのです。
 描写しなくてもよい部分が見えないのであれば、それでも構わないのですが、たとえ描写はしなくても、広さが見えていなければ書けない、ということもあります。
 山の底の儀式場は、まさに、それで、空間の広さが見えない限り、王の槍たちがどう広がり、どのように動くかが見えません。
 あのとき私が見ていた広さを、ドラマを作っている方々も「このくらいの広さ」と感じて儀式場を作り上げた……。空間に関するイメージというのは、やはり、日常生活で体感として捉えているので、日本人なら同じような感覚を共有しているのかもしれませんね。

 それにしても、スタジオの中の、この儀式場、下に敷き詰められている土が舞い上がるので、土埃もくもくで、マスクをしていても、マスクの内側が真っ黒になるほど。
「綾瀬さん、こんなの吸い込み続けたら、身体に悪いでしょう。休憩のときはマスクしてたら?」
と、声をかけたら、綾瀬さんは口のあたりを指さして、
「マスクすると、メイクがとれちゃうから」
と、微笑みました。
 何日も、この土埃が舞う中で撮影が続く。
 土埃の中で、声を張り上げ、動き回る俳優さんたちの日々は、テレビの向こうからでは、なかなか想像することができない、過酷なものなのです。

2016年3月より放送予定 NHK 大河ファンタジー 「精霊の守り人」原作2016年3月より放送予定 NHK 大河ファンタジー 「精霊の守り人」原作