上橋菜穂子の実況レポート
NHKドラマ 「精霊の守り人」

Vol.08 天と地のはざまで ── 最終章に寄せて ──

2017/12/12

 いよいよ最終章がはじまりましたね。
 3年にわたって紡がれてきたドラマが、クライマックスを迎えます。

 第1回をご覧になって、「え! ユグロがいない!! なんでユグロじゃなくて、カグロがジグロから槍舞いを教わったことになっているの?」と、驚いた方も多いかもしれません。 そういう方々のために、なぜ、こういう物語になったのか、その理由をお伝えしますね。 (ちなみに、『闇の守り人』を最終章にもってきて『天と地の守り人<カンバル王国編>』と重ねた理由については、すでに、『闇を切り裂く刃―シーズンⅠ最終回に寄せて』という小文で書きましたので、興味がある方はそちらも併せてお読みいただければと思います。)

 この最終章では、「守り人」シリーズ全12巻を22回のテレビドラマで描くために仕掛けてきた「物語の組み直し」の結果が姿を現してきます。
 ドラマが原作と最も大きく違うのは「まだログサム王が生きている」ということ。 原作では、バルサの人生を大きく変えた張本人ログサムは、すでに死んでいて、「過去になにがあったのか」ということをバルサが探っていく展開でしたが、ドラマでは、生きているログサムと、バルサが向き合うことになります。
 ログサムが生きている。しかも、バルサの傍らには成長したチャグムもいる。 となれば、物語の重心は「過去になにがあったのか」ということより、過去が紡いできた「今」をどうするのか、ということに移るはずです。
 それを念頭に制作陣と『闇の守り人』と『天と地の守り人<カンバル王国編>』をどう再構成したらドラマが活きるか話し合ったのですが、これがとても難しくて、なぜか、ストーリーが滑らかに流れない。ドラマに勢いが出ないのです。 なぜだろう?と考えていくうちに、物語の流れを妨げている人物の姿が浮かび上がってきました。── ユグロです。

 ユグロは、私が書いた『闇の守り人』でバルサが対峙する重要な登場人物です。 ジグロの弟であり、カンバル人を巧みに操って過去を自分に都合の良い色合いに塗り替えてきた人物ですが、この男を今回初めて登場させた上に、実はこの人がバルサにとって恐ろしい敵なのですよ、というドラマにしようとすると、多くの時間を割いて彼を立てなくてはなりません。 これまでのドラマを観てきた方にとって最も知りたいのは、「チャグムは援軍を連れて故国に戻れるのか?」ということや「バルサの心の闇はどうなるのか」ということなのに、ユグロという新しい登場人物を描くために時間を費やしていたら、物語のうねりが散漫になってしまいます。
 それで、私たちはユグロをドラマから消し、バルサが対峙するのは、彼女の人生を大きく変えてしまった張本人であるログサム王ひとりに絞ることにしたのです。
 シーズンⅠで、ログサムを殺すために刃を投げつけたバルサ。 あの「心」が、チャグムを守り、アスラを守って生きてきた年月の中でどう変化していったのか。そして、彼女は何を大事にし、どう生きることになるのか、「ドラマならではのバルサの生き様」が描かれていきます。

 ユグロを消した代わりに、ドラマ制作陣は、別の形でジグロという男の哀しみを生かしてくださいました。
 ジグロは、バルサを助けるために、多くのことを捨てねばなりませんでした。家族、氏族、国、そして、それまで大切にしてきた人との絆。 ジグロだって、若かったのです。恋もしていたでしょう。夢もあったでしょう。氏族への思いもあったでしょう。そういうことをすべて、ジグロはバルサのために捨てたのです。
  この最終章では、そういうことが浮かび上がるよう大切に描いてくださっています。 それは、『闇の守り人』を愛してくださっている読者への感謝をこめた、ひとつの贈り物でもあり、原作では描かなかったものの、私の心の中にはあった「あること」のドラマ化でもあります。

 最終章では、私が『天と地の守り人』というタイトルにこめた思いも、大切に描いていただいています。 地を歩む人々の営々とした営み、必死の思い、葛藤、醜い戦をしても勝ち取ろうとするもの ── そういう人の心情などとはまったく関わらず、ただ淡々と、在るように在る大自然の営み……。 いかなることがあろうとも天と地のはざまで生きていく人々に、哀しさと愛おしさを感じていただけたら、幸せです。


*大河ファンタジー「精霊の守り人」ホームページより転載

2016年3月より放送予定 NHK 大河ファンタジー 「精霊の守り人」原作2016年3月より放送予定 NHK 大河ファンタジー 「精霊の守り人」原作