王のたくらみによって父を殺された少女バルサ、そして彼女を救った父の親友ジグロ。故国をすてた二人の旅路を描く守り人短編集。
愛知教育大学美術課程を卒業。スタジオジブリでアニメーション原画を担当したのち、フリーとなる。著書に『世界の真ん中の木』、絵本に『はじめてのたび』『はじめてのともだち』など、挿絵に『精霊の守り人』『闇の守り人』『夢の守り人』『神の守り人』『天と地の守り人』『流れ行く者』などがある。
★刊行時に寄せられたメッセージです
物語がいつ生まれたのか、ほぼピンポイントで思い出せることがたまにあるのですが、「賭事師(ラフラ)」は正にそんな物語で、去年の五月、『ユリイカ』にエッセーを渡さねばならず、その締め切りが目前に迫っていたある水曜日、大学へ出勤する車の中で、いきなり頭の中に降ってきたのでした。
国道356から大学方面へ左折すると、左右に田んぼが広がります。その長閑な風景の中を走っていたとき、突然、賭事師のばあさんの仕草を真似て、一生懸命ゴイ(サイコロ)を振っている十三歳ぐらいのバルサの姿が浮かんできて、猛烈に、バルサの子ども時代の物語が書きたくなったのです。
これは不思議な感覚でした。「守り人シリーズ」を書いている間も、時折、バルサやタンダの子ども時代の姿が心に浮かんでくることはありましたけれど、その頃は、それを独立した短編のような形で書きたいとは思わなかったからです。
「守り人」シリーズには、ゆるやかなーーしかし、厳然とした時の流れの方向性があって、その中では、バルサもタンダも、すでに成熟した大人でしたから、本編の物語の中で、彼らの子ども時代を描くのは、そぐわない気がしていたのかもしれません。
それが、シリーズが完結したお陰で、一気に呪縛がほどけたのでしょう。ジグロの傍らに座って焚火を見ているバルサの姿や、採れ秋のやわらかい光の中にいる幼いタンダの姿が心の中に生き生きと浮かんできたのです。
これは、「守り人シリーズ」が完結したから書けた短編集なのです。バルサとタンダの幼い日々の物語、楽しんでいただければ幸せです。(上橋菜穂子)