世界の昆虫をテーマに、写真家みずからが選んだ代表作品。自然界の驚異と不思議をとらえた1枚1枚の写真の裏側に物語があります。
受賞歴:
★刊行時に寄せられたメッセージです
熱帯のジャングルに行ってみたい。小学生のころ、そんなことを夢見ていました。あざやかな花が咲き、緑の葉がうっそうとしげるジャングルの茂みには、日本では見られないような風変わりな昆虫がたくさんいるはずです。虫好きだったぼくは、つぎからつぎへとめずらしい昆虫があらわれる大ジオラマを空想して、胸をおどらせたものです。
大人になってひとり旅ができるようになると、さっそくぼくは東南アジアの熱帯雨林を訪れました。待っていたのは巨大な木の群れ。いく人もの人が手をつないで、やっと一周まわれるほどの幹の太さです。それらが、平たい根をうねらせて、まるでロケットのように立っていました。ジャングルは、大小いくつもの木々が重なり、20メートル先は緑の葉におおわれて見えません。湿度が高いのにくわえて風がなく、玉のような汗がほとばしるように出ます。ときおり、はるか樹上から聞きなれない鳥の声が聞こえてきますが、肝心の昆虫はまったく見あたりません。そのうち、のどの乾きがひどくなり、汗もとまらなくなって、ふらふらになってしまいました。情けない話ですが、これが初めての熱帯雨林の体験です。そのとき、昆虫たちはもちろんいたにちがいないのですが、たくみに隠れていたのでしょう。敵が多いジャングルでは、やすやすと人間に見つかるようでは生きてゆけないのです。世界の昆虫たちに出会うには、環境の過酷さを十分に知って、つらさを覚悟しなければいけないことを思いしらされました。しかし、その場ではいくらつらくても、帰国して、日本の田園風景をながめていると、またすぐに、めずらしい昆虫や熱帯雨林を見たくなります。それほど世界の秘境は、ぼくにとって魅力的な被写体だったのです。
それ以来、ぼくは写真家になって、カメラをもって世界中を旅しました。しかし、いつもお目当ての昆虫にかんたんに出会えているかというと、そうではありません。せっかく行ったのに時期はずれだったり、環境が変わって虫がいなくなっていたり、訪ねていった先の人の話がいいかげんだったりと、うまくいかないことがほとんどです。でも、そんなときは、あわてずに、問題を一つずつ解決していくようにしています。昆虫たちの生息地では、過酷な条件の中できちんと作動するように機材を整備することも必要ですが、それ以上にたよりになるのはねばり強い精神力です。それとたいせつなのは、ふだんから日本の昆虫たちをよく観察していること。海外で初めての昆虫に出会っても、それまでの経験から行動を予測できることがあって、写真を撮るうえでたいへん役に立ちました。
この本では、30年にわたって世界中を旅して撮った写真の中から22点を選びました。世界で初めて撮影に成功した写真、何十年に一度しか撮影のチャンスがめぐってこないめずらしい写真、長い時間をかけて撮影した写真など、いろいろなものがあります。写真を見てもらっていると、どんなふうにして撮ったのですか、とか、何時間くらいねばったのですか、などとよく聞かれます。文章では、そんな質問にも答えるべく、いままでにお話ししたことのないことがらも書いてみました。
不思議な生命に出会う旅、さあ、ぼくと写真美術館に出かけたつもりで、ゆっくり楽しんでください。(今森光彦)