歌の才能に恵まれている孤独な少女ユンは、記憶を失った少女を救ったことで、砂漠の街エスタの秘密の扉を開けることになる。
受賞歴:
★刊行時に寄せられたメッセージです
ひとしれず、どこかにある美しいものが好きです。廃墟の地下に埋もれている王の墓や、町はずれの洞窟の奥の壁にある古代の壁画。あるいは、遠い昔、埋めた本人すらが忘れているような、庭のかたすみに眠る、子どものころの宝物。ビー玉や、大切な手紙などなど。
過去のものたちは、忘れ去られ隠されたままでもいいのですが、誰かに見つけられて、また息を吹き返す、新しい時代の誰かの宝物や思い出の一部になる、そんなのも素敵です。
で、わたしが書く物語には、廃墟に必ず忘れられた宝物があって主人公に発見されます。屋敷や城の地下には秘密の抜け道があり、壁の向こうには隠し部屋が欠かせません。
忘れられた美しいもの、といえば、たとえば、過去に地上に生きたひとびとのその想い。
書物や詩、歌にされて残った一部のひとびとの言葉以外は、大部分が過去に消えてゆき、いまの世界には伝えられていないでしょう。
現代のわたしたちと同じ感情を持っていたひとびと。遠い世界に憧れ、別離や苦難に涙を流し、友と笑いあい、明日の幸福を夢見た、無数の人々の思いや言葉は、風のように地上を吹きすぎただけ。それぞれの一生があり、どうしても叶えたい願い事や、命がけで果たそうとした約束がいくつもあったのでしょうけれど。
遠い過去のひとびとに限らず、つい百年前に生きたひとびとの想いさえ、わたしたちはどれだけ知っているのでしょうか。
『砂漠の歌姫』は、こことは違う異世界の、ひとりの少女が、街を駆ける冒険物語です。彼女の言葉彼女の視点で物語は語られ、謎が解けてゆきます。でも、人間たちの歴史と想いを見まもってきた、舞台である砂漠の街そのもの、街がこの物語の主人公なのかもしれません。街は、過去からいままでの人々の命と想いと願いを、ふところに抱き、優しくそっとあやしながら、ともにまなざしを未来に向けるのです。
きっとわたしたちの世界の街のたましいが、そうしてくれているように。(村山早紀)