取材日記

天才肌の男の子、クラースとの毎日

2015/12/16

きょうは『ドイツ』で、ベルリンに暮らす男の子、クラースを撮影した新井卓さんの取材日記をお届けします。クラースとの出会いは、新井さんにとっても特別なものだったよう。ドイツのおいしいもの紹介もあります! では、どうぞ……!

クラースと彼の家族にはじめて会ったのは、2013年の11月。ダンサー/振付家でドイツ在住の友人、神谷理仁君と奥さんのマライケさんが、「ちょっと天才肌の男の子がいるんだけど」といって紹介してくれました。

送ってきてくれた写真で、自作の、びっくりするくらい大きなジオラマの中にたたずむ少年がクラースでした。『魔女の宅急便』に出てくる「トンボ」君にそっくりだなと思いました。
それから一年半、一家を訪問するたびにだんだんとリラックスした様子を見せてくれるようになったクラースですが、滞在中は、忘れがたい出来事が数え切れないほどありました。このブログでは、本に載せきれなかったいくつかの思い出について、書いてみたいと思います。

 

太陽光発電って知ってる?

2013年の冬、少し緊張しながらはじめてクラースの家を訪ねると、玄関先からおいしそうな匂いがただよってきました。お母さんのウタさんが、得意のキッシュを用意して待っていてくれたのです。
食卓に案内されるやいなや、話題は福島の原発事故のことに。「東京は大丈夫なの?」とウタさん。クラースは、大急ぎで部屋に戻ったかと思うと、太陽光パネルとLEDの電球を持ってきました。「太陽光発電のこと知ってる? ドイツは福島の事故のあと、太陽光と風力で電気を作ることにしたんだけど、日本はそうしないの?」

遠く離れたベルリンで、日本のことを心配してくれる彼らの言葉がうれしかったのと同時に、クラースの素朴な疑問に答えられない自分に、悔しさを感じた初日でした。

健康的なファスト・フード? ベルリンの食あれこれ

ベルリンにはおいしいものがたくさんあるのですが、クラースはあまり食に執着しない子どもだったので、食事のシーンの撮影にはいちばん苦戦しました。昼休みに何も食べずに校庭を走りまわっているので、「育ち盛りなのに全然お腹がすかないなんて、どうなっているのかしら!」と、お母さんのウタさんもあきれ気味です。いっぽう撮影で動きまわっている僕と神谷君はとにかく腹がへるので、合間を見て学校の外にでて、簡単な食事をとる毎日でした。

ベルリンの街角で手軽に食べられるのは、なんと言ってもカリー・ブルスト(カレー・ソーセージ)。

グリル・ソーセージに、カレー粉とケチャップ、またはマヨネーズをまぶしてフライドポテトと一緒に食べる、元祖高カロリー・ジャンク・フードで、ビールとも絶妙な相性です。メリンダム通りには、ベルリン市民の投票で一位になったというカリー・ブルスト屋があります。正統派のドイツ料理はもちろんですが、ハンバーガーやフラムクーヘン、ケバブなどのファスト・フード、インド、アジア系のレストラン(味は、マイルドにアレンジされていることが多い)など、どこへ行ってもなかなかうまい。

二度目に訪れた初夏のある日、お父さんのベルンハルトの知りあいの「夏の家」(夏の間に家庭菜園やバーベキューなどを楽しむ、小さな庭付き別荘のこと。近年人気で、ベルリン市民の憧れの趣味だそうです)にみんなで遊びに行くことがありました。 家主の夫婦は、10才になる、レバノンから来た養子の女の子との三人暮らしで、夏の間は毎日、「夏の家」で過ごしているとのこと。人見知り気味の、クラースのお兄ちゃんヤスパーに、「バーベキューを焼くから手伝ってくれないか」とご主人。しばらくして、肉が焼けるうまそうな匂いが漂ってきたので裏庭を覗くと、ヤスパーがつきっきりで肉やソーセージをひっくり返していました。

ソーセージとハムは自家製、チキンは甘酸っぱいソースでマリネされていて絶品でした。

ほかの子どもたちと走りまわっていたクラースも、この時ばかりは、一番乗りでソーセージをお皿に盛って、夢中でほおばります。

どの街角でも見かけるアイスは、新鮮な牛乳や生クリーム、フルーツで作られていて、しかも安いので、つい毎日寄り道してしまいます。

クラースと親友のブルーノと公園に出かけた日、仲良しのふたりは水のかけ合いっこをはじめました。遊具に登ったり、下からバケツで水を跳ねあげたり、ブルーノは加減して遊んでいたけれど、大興奮のクラースは本気です。やがて、ブルーノはびしょぬれに。もうやめてよ、と言っているのにクラースは容赦しません。ついに、ちょっと険悪な雰囲気になってしまいました。

そこで魔法の一言、「アイスクリームでも食べにいく?」と聞くと、「アイス、アイス!!」とふたりはいきなり上機嫌に。このときは売店のクランキー・チョコ・アイスでしたが、格別に暑い昼下がり、アイスの威力は絶大です。

ところで、ドイツといえばビール、ですが、ベルリンでは昼間からビール瓶を片手に公園でのんびりしている老若男女をよく見かけます。

スーツ姿のサラリーマンはほとんど歩いていません。いったい彼らはどうやって暮らしているのか?ときどき疑問に思いますが、お父さんのベルンハルトいわく、「ベルリンは行政と文化の中心だけど、経済は他の街の分担なんだよ」とのこと。どこかヒッピーな雰囲気が漂う首都ベルリンです。

ドイツはEUの中でも特に厳しく農薬や食品添加物の使用を制限しており、食べものの安全性に対する意識が非常に高い国です。食べもの、飲み物の値段は、実感としては東京の6〜7割くらい、といったところでしょうか。安心して食べられる、ということが、ベルリンの最大の魅力のひとつだと思います。

 

(写真・文 新井卓)

世界のともだち32『ドイツ 丘の上の小さなハカセ クラース』、

くわしくはこちらをごらんください!

ドイツの学校のいろいろな授業の様子も紹介しています。

 

 

新井卓

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1978年川崎市生まれ。写真の原点を探るうち黎明期の写真技法・ダゲレオタイプ(銀板写真)を知り、試行錯誤ののち同技法を習得。アメリカ水爆実験の被害を受けた第五福竜丸の船体や元船員と出会った2010年ごろから、核災害に翻弄される人々や核の遺物を<小さなモニュメント>として記録しつづけてきた。ボストン美術館、東京国立近代美術館、森美術館など国内外の展覧会に参加。英国ソースコード・プライズ受賞。著書に写真集『MONUMENTS』。

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