
2期目の取材日記がはじまります! 今日は、『南アフリカ共和国』のカメラマン、船尾修さんによる取材日記です。サッカー大好き、クールなシフィウェと船尾さん、どうやって出会ったのでしょうか?
私はこれまで南アフリカ共和国を約10年ごとの間隔で訪れてきました。最初は、あの悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)が廃止されて黒人のマンデラ大統領が就任した直後の1994年。長年の圧政から解放されてすべての民族の平等がうたわれたこの国の実際の姿を見るべく、乗合バスにゆられながら各地を旅しました。そして2004年には、深刻化するHIV感染・エイズやその後の政治状況を取材するために、かつての南ア最大の黒人居住区ソウェトにしばらく滞在しました。ソウェトはこれまで反アパルトヘイト運動の中心になってきた場所であると同時に、HIV感染者が多いことや、殺人やレイプなどの凶悪な犯罪がきわだって多いことでも知られていました。
だから、今回のシリーズ企画の話をいただいたとき、南アフリカ共和国という他に例を見ない特異な歴史を歩んできたこの国をあらわすためには、ソウェトに暮らす子ども以外の主人公はありえないな、と思いました。南アフリカ共和国には白人を含めてさまざまな人種や民族が混在していますが、教育や生活、バックグラウンドにある文化などがまったく異なった環境で暮らしており、どの民族の子どもを取り上げるかでこの国の印象はまるで違ったものになってしまいます。だからこそ、この国の80%を占める黒人の姿を表現できる街としては、波乱に満ちた時代を見つめてきたソウェト以外は考えられませんでした。
ただ、困った点がひとつありました。ソウェトには、いわゆる私たち日本人が考える「普通の家庭」というものがあまり存在しないのです。両親がちゃんとそろい、父親が働きに出て定収入があるような家庭といいましょうか。ソウェトでは失業率は5割をこえているといわれますし、結婚する前に子どもができるのがむしろ当たり前の社会ですから片親の家庭がとても多い。だから取材に先立って「普通の家庭」を見つけることができるだろうか、という危惧があったのです。編集の方に相談してみると、そういう片親の社会が一般的であるのなら、あえて両親がそろった家庭を探さなくてもよいのではないか、それはそれで南アフリカ共和国の真の姿を表すことになるのではないか、という助言をもらい、かなりホッとして、勇んで現地へむかいました。
大都市ヨハネスブルグには在住20年になる日本人の友人がいます。前回は彼のツテでソウェトにホームステイしていたこともあり、今回もそこを拠点にして子どもを取材することにしました。といっても前回訪れたのは10年も前のことですから、当時知り合った子どもたちはみな大きくなってしまっています。子ども探しはゼロからのスタートになりました。頼りにしたのはソウェト生まれの劇団の脚本家・演出家であり、また人気ドラマに出演する俳優でもあるKさんです。とにかく地元では顔が広いので、10歳ぐらいの子どもがいる家庭をいくつか紹介してもらいました。
今でこそ人気俳優の地位を得て、どこへ行っても人々が握手を求めて集まってくるKさんですが、実は若いころは車専門の窃盗団に加わっていたこともあり、刑務所に収監された経験も持っています。ソウェトに暮らす黒人にとって職を得るのは容易ではありません。そのため生きる糧を求めて窃盗などの犯罪に手を染めなくてはならない場合もあるのです。治安の悪さが世界有数といわれる南アフリカ共和国。それもまたこの国の真の姿でもあるのです。
子どもが学校を休みがちだったり、親から多額の取材協力費を要求されたりで、なかなか取材させていただく子どもは決まりませんでした。小学校にも出向いて、先生に協力をお願いしてみても、なかなか「この子!」という子どもには出会えませんでした。それは私自身が自分に課していた子どもを選ぶ際の「ある基準」のせいかもしれません。アパルトヘイトという歴史上例のない政策によって差別され、しいたげられてきた黒人の歴史。それから解放されたものの、経済格差や貧困、犯罪、HIV感染といった直面する新たな問題。ソウェトのような昔からの黒人居住区にしばらく滞在していると、なかなか未来を思い描くことが難しいのが実情です。暗雲たる気持ちになることもしばしば。だからこそ逆に私は、未来に希望という光が感じられる子どもを知らず知らずのうちに探し求めていたのです。身勝手かもしれませんが。
ところが、いたのです、そういう子どもが! その子の家はKさんの家から歩いて行けるところにありました。子どもが学校に行っている昼間に家を訪問して、お母さんやおばさんからその子、シフィウェについての話を聞いていました。「あの子はサッカーばかりでね」とぐちをこぼすお母さんの話を聞いて、ぜひ会ってみたいと思いました。
学校から帰ってきたシフィウェはとにかくシャイで、自分からどんどんしゃべるタイプではありません。でも私もサッカー好きなので話題をそっちに振ると、目を輝かせて話に入ってきます。そのうち、そわそわしてきたと思ったら、サッカーの練習に行きたくて仕方がないようす。それでグラウンドへいっしょに出かけました。仲間たちがすでに集まっていて勝手に練習がはじまります。無心にボールを追うシフィウェの姿を見ながら、私の心はすでに決まっていました。「この子を主人公にした本をつくろう!」と。
(写真・文 船尾修)
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