取材日記

棚田の村、バナウェへ

2015/04/01

2014年3月21日

マニラから北へ向かう夜行バスに乗った。たいして暑くもないのに、車内では冷房が効いていて、おそろしいほど冷える。キップをチェックしにきたもぎりの男に冷房を消してほしいとお願いすると、苦笑するばかり。多くの客がその寒さに凍えているにも関わらず、どうやら冷房を消せない理由があるらしい。その理由が何なのか結局わからずじまいだったが、とにかくバスは夜中中ずっと冷房をオンにしたままルソン島を北上し続けた。

フィリピンはおよそ7千を超える小さな島々によって成る群島である。セブ島をはじめ、日本人にはリゾート地として有名な島が多いために青い海と珊瑚礁というイメージが強いフィリピンだが、ルソン島の北部に海洋文化とは縁遠い山岳民が暮らしていることを知っている人は少ない。

喧噪のマニラ周辺から北上していくと、やがて標高1000メートル近い峠にぶつかり、さらにその北には標高2000メートル近い山々が連なるコルディエラ山脈が立ちはだかる。山脈の狭間にあるわずかな土地に棚田を作りながら暮らしているのが、今回ぼくが出会おうとしているフィリピン先住民、イフガオ族である。

イフガオ族が暮らす山深い村々は、マニラから車でおよそ10時間もの距離がある。北部の山間には空港がないために、こうした陸路で向かうしかない。マニラからサンホセを経てイフガオ州に入り、さらに州都ラガウェから棚田があるバナウェに向かうにつれて、道路は細くなり、平地がなくなり、車の数が減って、家の造りが粗末になっていった。

深夜22時に出発したバスが首都マニラの喧噪を離れてバナウェに到着したのは朝9時。あたりはすっかり明るくなっていた。バスから降りると、マニラとかけ離れた風景が広がっていた。急な斜面にへばりつくようにして家々が建ち並び、その先には大きな棚田がどこまでも続く。山裾から千数百メートル、場所によっては2000メートルあまりの高さまで階段状の水田が続く。ここは世界最高所、最大面積の棚田地帯である。

5年前に訪ねたときは、ちょうど稲の収穫の時期の冬だった。今回は3月なので、秋に向かいつつある夏の終わりといったところだろうか。水の張られていない棚田も多く、前回と比べるとちょっと寂しい。街の高台にあるバス停でバスを降り、歩いて細い道を登っていくと、小さなホテルが建っていた。定宿にしているバナウェ・ビューインである。

このホテルにはイフガオ族に関する個人博物館が併設されている。オーナーであるリリーさんは、植物を利用した昔ながらの染織や、農作業の際に歌われたフドゥフドゥなど、イフガオ族の伝統文化を後世に残そうと尽力している女性である。地質学者の祖父と、アンティーク好きの父をもち、彼らの収集品を元にして郷土博物館まで作ってしまった。

あいにくリリーさんはぼくと入れ違いのバスでマニラへ行ってしまったが、従業員は非常に友好的なので、きっと取材にも協力してくれるだろう。受付にいた足の不自由な女性に、ぼくは取材させてくれる子どもがいるかどうか尋ねた。

すると、向かいの家に小学生の男の子が二人いるよ、という。まずは女性が向かいの家に声をかけてくれて、子どものお父さんと早速交渉を開始した。(つづく)

(写真・文 石川直樹)

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石川直樹

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1977年東京生まれ。高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。その後も世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。その関心の対象は、人類学、民俗学など、幅広い領域に及ぶ。著書、写真集多数。2011年、土門拳賞受賞。

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