ふしぎな転校生をめぐる子どもたちの心の動きを、みずみずしく描いた名作。そのきらめく世界を、油彩画で丁寧に再現した愛蔵版。
1896年岩手県花巻市に生まれる。盛岡高等農林学校農芸化学科卒業。十代の頃から短歌を書き始め、その後、農業研究家、農村指導者として活動しつつ文芸の道を志し、詩・童話へとその領域を広げながら創作を続けた。1924年に詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』を事実上の自費で出版するが、彼の作品のほとんどは、没後に高く評価された。1933年に37歳で病没。
岩手県盛岡市に生まれる。岩手大学教育学部甲一類美術科卒業。美術関係出版社に勤務後、PR冊子やパンフレットなどの挿し絵、イラストの仕事を重ねる。現在ではとくに宮沢賢治の童話世界にしぼって油彩画の制作に励み、宮沢賢治のイーハトーブ館など各地で個展を開催。絵本の作品には『銀河鉄道の夜』『チュウリップの幻術』などがある。
★刊行時に寄せられたメッセージです
どっどど どどうど どどうど どどう……激しく吹き荒れる風の音でこのお話は始まります。舞台は大正時代、岩手の山間の小さな小学校です。夏休み明けの教室にひとりの見知らぬ少年がいます。二百十日の大風とともにやってきたこの風変わりな少年は、はたして風の精「又三郎」なのでしょうか。
学校のモデルとして私が取材に訪れたのは、真夏の種山ケ原ふもとの人首(ひとかべ)小学校です。古い木造校舎が、今ではすっかり廃校と化していますが、又三郎の舞台にはぴったりです。中に入ると校長室と職員室と教室一つだけで、昔のオルガンが埃まみれになっていました。裏の沢から登ってきた葛の蔓が、廊下の壊れた窓ガラスから校舎の中にまで入りこんでいます。今にも又三郎が見え隠れしそうです。
又三郎少年もどんな顔にしようか考えました。赤い髪に妙なねずみ色の洋服、まっ黒な瞳にりんごのほっぺ、言葉が通じないような異邦人の不思議さ。野生の鹿のような登場シーンですが、後半の意志の強さと聡明さを見せる又三郎のキャラクターとの融合がなかなか難しいところでした。ただ又三郎が特異な姿なのではなく、当時の山の子どもたちにとって見慣れない都会の子どもなのだととらえました。転校が多いのか少し孤独なかたくなさもあり、精霊の神秘も持ちあわせるという少年をどう描くか——これはもう、思い入れしかないですよね。
賢治の生まれた、また私の故郷でもある岩手の大自然を存分に背景に描きました。気圏から吹く風や草原を渡る雲、どうと吹く風に、太陽が雲に隠れた瞬間など。いま少年時代まっただ中の人も、遠い昔に少年だった人も、いっしょに草原をかけめぐりましょう。(田原 田鶴子)