ふしぎな転校生をめぐる子どもたちの心の動きを、みずみずしく描いた名作。そのきらめく世界を、油彩画で丁寧に再現した愛蔵版。
受賞歴:
★刊行時に寄せられたメッセージです
どっどど どどうど どどうど どどう……激しく吹き荒れる風の音でこのお話は始まります。舞台は大正時代、岩手の山間の小さな小学校です。夏休み明けの教室にひとりの見知らぬ少年がいます。二百十日の大風とともにやってきたこの風変わりな少年は、はたして風の精「又三郎」なのでしょうか。
学校のモデルとして私が取材に訪れたのは、真夏の種山ケ原ふもとの人首(ひとかべ)小学校です。古い木造校舎が、今ではすっかり廃校と化していますが、又三郎の舞台にはぴったりです。中に入ると校長室と職員室と教室一つだけで、昔のオルガンが埃まみれになっていました。裏の沢から登ってきた葛の蔓が、廊下の壊れた窓ガラスから校舎の中にまで入りこんでいます。今にも又三郎が見え隠れしそうです。
又三郎少年もどんな顔にしようか考えました。赤い髪に妙なねずみ色の洋服、まっ黒な瞳にりんごのほっぺ、言葉が通じないような異邦人の不思議さ。野生の鹿のような登場シーンですが、後半の意志の強さと聡明さを見せる又三郎のキャラクターとの融合がなかなか難しいところでした。ただ又三郎が特異な姿なのではなく、当時の山の子どもたちにとって見慣れない都会の子どもなのだととらえました。転校が多いのか少し孤独なかたくなさもあり、精霊の神秘も持ちあわせるという少年をどう描くか——これはもう、思い入れしかないですよね。
賢治の生まれた、また私の故郷でもある岩手の大自然を存分に背景に描きました。気圏から吹く風や草原を渡る雲、どうと吹く風に、太陽が雲に隠れた瞬間など。いま少年時代まっただ中の人も、遠い昔に少年だった人も、いっしょに草原をかけめぐりましょう。(田原 田鶴子)