ゴッホとテオ、ともに芸術に生涯を捧げ、つよい絆でむすばれた兄と弟。二人の足跡をたどる旅を続けてきた著者が描く感動の絵本。
受賞歴:
★刊行時に寄せられたメッセージです
未だ終わりのみえない旅の途上ですが、今日はようやく完成した絵本「にいさん Mon Frère」をお届けできる喜びをかみしめています。
ゴッホがただひとりの弟へ宛てた700通近い書簡集を羅針盤に、オランダ、ベルギー、パリ、オーヴェール、アルル、サン・レミ──と、ゴッホの心の軌跡を追う旅は、迷い道と謎だらけの果てしない深い森に踏み入るような旅でした。
森に隠されたモチーフの連鎖に導かれるたびに、必死に愚直にスケッチ帖の手を動かしつづけました。
逆光に神々しく息づく立ち枯れのひまわりの群生、黄金と青の麦畑、ちぢれて飛ぶ雲の波、明滅するオリーブの木々、絡みあった木の根、星月夜の合唱が、共鳴しあい、あふれる色彩のシンフォニーとなって、私を立ち止まらせ、さらに森の深みへと向かわせました。
そして、森の出口の光の先に私が見いだしたのは〈弟テオ〉というゴッホの愛の存在証明でした。ゴッホの森のモチーフはみな、兄弟の生地、オランダのいくつものなつかしい風景につながっていたのです。
弟が聖なる遺物のように保管していた兄の手紙。そこで語られる風景やモチーフへの言及、さらにその行間には、悲運のときにふたりがきまって立ちかえる子ども時代の情景と自然への憧憬があふれています。麦畑やヒースの野、運河、その上を季節とともに移ろっていく北の空の光。豊かな自然のなかで、兄と弟は愛を育み、死がふたりを分けても芸術に生きることを選んだのです。弟に迷惑をかけまいと、明晰な頭脳のまま入所したサン・レミの精神病院の絶望の底で、画家のパレットを覆いつくしたのは、北の光と色でした。
ゴッホの死は謎めいていて、どんな評伝も描ききれないでしょう。ですが、「どんなことがあろうとぼくはまた立ちあがろう。大きな落胆のなかですててしまった鉛筆をもう一度取り上げよう。またデッサンを始めよう」(書簡133)
そして、兄の死後、テオが母に宛てた手紙の中のことば、「にいさんは、ぼくのすべて、ぼくだけのにいさんだったのです!」
ここにすべての答えがあるように思われてなりません。
この絵本は、私のゴッホとテオへのオマージュです。(いせひでこ)