吹雪の夜、急行列車は北極ちかくの地に向かう。そこへ、数匹の白熊が乗りこんできた。陰影の美しい色調が印象的な宮沢賢治作品。
受賞歴:
★刊行時に寄せられたメッセージです
この絵本の絵は1993年頃に描いたものです。
もともとは、冨山房という出版社から宮沢賢治の絵本シリーズのうちの一冊を描かないかと依頼され、制作したものでした。とても知名度の低いお話を選んで描いた作品は、絵本としてもまた知名度の低いものになって、けっきょく在庫の大部分がひっそりと出版社の倉庫に眠ったまま、ずいぶん経ってしまったというわけです。
当時、僕はアメリカの美大から帰国して間もないころで、光彩と陰翳に富んだ重厚な油彩画を描くことに生きていました。そんな僕が、数ある宮沢賢治の著作のなかから、どれを絵本に仕立てようかと考えたときに、何故このお話を選んだのか。それはとりもなおさず、知名度が低くあまり絵本化されていなかったからにほかならないのですが、もう少しいえば、じつは重厚な油彩のタッチで描くのが難しい、擬人化の多い作品を除けていったら、これが残ったのです。
白熊ばかりは、モデルを頼むわけにはいきませんでしたが、それ以外の登場人物はなるべく家族や知人にポーズをとってもらい、照明を当てて撮影しました。油彩だけでなくデジタルで制作するようになった今でも、このようにして参考資料を得ることは少なくありません。
ちなみに最後のページの屹立した氷山は、どこか普通でない雰囲気の姿を描きたいと思って、海の色がきれいに映り込むように、碧く染めた布を粘土の上に敷き、そこにコンビニで買ってきたロックアイスをさし並べて撮影したものです。ぴかぴかに光る銀色のピストルは、おもちゃ屋へ行ってモデルガンを買ってきました。
極北の都市ベーリング行きの急行列車のなかで、何枚も毛皮の外套を着こんだタイチと乗客が巻きおこすドラマ。ぜひ手にとってご覧ください。(木内達朗)