どうも夜の遊園地というのは実在するようなのだ。あつめた証拠が、それを物語っている。そして、その遊園地に入った人が消えているというのも、本当のようだ。
「いったい、なんなんだ? どうやって、あらわれたり消えたりしているんだ? 人が消えてるって、なんでなんだろ? ふしぎだ。……もっと知りたい! このなぞをときたい!」
勝負のこともどうでもよくなり、啓吾は夜の遊園地をもとめて、全力で調査をするようになった。
だんだんと、ある法則も見えてきた。遊園地があらわれるのには、理由があるようなのだ。すがたを消した人たちのリストをつくり、その人たちの情報をあつめているうちに、啓吾はそのことに気づいた。
「年齢はばらばらだけど……だいたいの人が、なにか問題をかかえてる。仕事がうまくいってなかったり、学校や家族がきらいだったり。みんな……変化をもとめてる人たちだ。そういう人たちが、遊園地にさそいこまれてるってことか」
そして、なぞの人物もかかわっていることがわかってきた。
「やせていて、背が高い男。髪とひげは赤い。シルクハットをかぶっていて、マントをはおっていて、マジシャンみたいに見える……。こいつが声をかけた人が消えてる。きっと、この男は遊園地の関係者だ。だから……この男を見つければいいんだ!」
さがす相手が見つかったことで、啓吾はますますやる気が出てきた。
「あとひとふんばりだ! きっと見つけてみせる!」
だが、思いもよらぬ展開が待っていた。
啓吾がなぞの男を見つける前に、なぞの男のほうから啓吾の前にすがたをあらわしたのだ。
それは、空が真っ赤にそまった夕暮れどきのことだった。家に帰ろうとしていた啓吾は、ぎくりとして立ちどまった。
道をふさぐようにして、背の高い男が立っていた。漆黒のマントをひるがえし、頭にかぶったシルクハットがきざったらしい。とがった顔つきに、毒々しいイチゴ色の髪とひげ。
さがしていた男だと、ひと目でわかった。ああ、うわさどおりのあやしいすがただ。
そして、「ミステリーヌ」の推理力、観察力をもってしても、男が何者なのかを読みとれなかった。感じとれるのは、男がまとう得体の知れない〝こわさ〟だけだ。
じわっと、啓吾は全身から汗がふきだしてくるのを感じた。
だいじょうぶだ。おちつけ。人通りは多いし、声をあげれば、すぐにだれかが気づいて、たすけてくれる。それに、まだ明るい。悪さをするつもりなら、この男は夜の闇にまぎれて、そっと手をのばしてきたはずだ。だから、だいじょうぶ。でも……こわい!
石みたいにかたまっている啓吾に、男はわざとらしくおじぎをしてみせた。
「どうも。あたしのことをさがしているぼっちゃんがいると、小耳にはさんだものでやんして。そんなにおさがしなら、こちらから出むいてさしあげようと思いやしてね」
「う、あ、えっと……」
「で、ぼっちゃんはどうして、あたしのことをかぎまわっていたんでやんす? もしかして、ぼっちゃんもあたしの遊園地に行きたいと、そうおのぞみで?」
「遊園地って、夜の? やっぱり、おじさんは夜の遊園地と関係があるんですね?」
おもわずたずねた啓吾に、男はにやっと笑った。
「もちろんでやんすとも。夜の遊園地とは、すなわち『天獄園』のこと。そして、あたしはそこのオーナーでやんす。名前は怪童ともうしやす」
なるほど。夜の遊園地は「天獄園」という名前なのか。そして、この男はそこのオーナーだった。
なぞが次々あきらかになっていくことに、啓吾は興奮した。
だが、まだたりない。もっと知りたいことがある。
「お、おじさんの『天獄園』に行くと、帰ってこられないってうわさがあるんですけど、ほんとですか? もしそうなら、どうしてなんですか? あと、なんで夜にやっているんですか? 遊園地なら、ふつうは昼間にやるものでしょ?」
声をふるわせながら質問をかさねる啓吾に、男は感心したようにいった。
「おやおや、ぼっちゃんはずいぶん知りたがり屋でやんすね。まるで探偵みたいでやんす。いや、これは……なにやら『銭天堂』の気配も感じられやすねえ」
この男は「銭天堂」のことを知っているらしいと、啓吾は目をまるくした。
と、怪童が身をかがめて、細く光る目で啓吾のことをのぞきこんできた。
「もし本当に知りたいなら、自分の目でたしかめるのがいちばんでやんす。ぼっちゃんのことを特別に『天獄園』にご招待しようじゃありやせんか。たくさんのお客さまによろこんでいただいている、あたしの自慢の遊園地でやんす。きっとぼっちゃんも気に入りやすよ。さあ、チケットをどうぞ」
あまったるくいいながら、怪童はマントの下から一枚のチケットをとりだした。
きらきらと銀色にかがやくチケットに、啓吾は引力のような強烈な力を感じた。「銭天堂」の「ミステリーヌ」を見たときと同じで、ほしいという気持ちがわきあがってくる。
くれるというなら、もらってしまおうか。ただのチケットだ。とりあえず、受けとってしまえばいい。もちろん、自分一人で「天獄園」に行くなんて、そんなことはしない。このチケットを持って帰って、あれこれしらべてみたいだけだ。
そんなことを考えているあいだも、啓吾の手は自分でも気づかぬうちにうごいていた。チケットをつかもうと、じわじわと手がのびていく。
だが、このとき、啓吾は怪童の顔を見てしまったのだ。
あいかわらず怪童はにやにやと笑っていた。だが、目は笑っていない。むしろ、飢えた獣のように啓吾を見ている。
自分が獲物として見られていることに、やっと啓吾は気づいた。いつから? はじめからだ。怪童は、啓吾を獲物としてつかまえに来たのだ。
その瞬間、啓吾の頭の中に、「ミステリーヌ」の注意書きの言葉がぱっとうかんできた。
──ただし、お気をつけあそばせ。この世には光を当ててはならぬ暗闇もあるもの。そのままにしておくべきなぞがあることを、おわすれなく。
ああ、あの言葉は、このことをいっていたのだ。この男こそ、そして「天獄園」こそ、光を当ててはならない暗闇なのだ。そのままにしておくべきなぞなのだ。
そう気づき、
「い、いらない! いらない! あっちに行って! ぼくに近づくな! わああああっ!」
怪童をおしのけ、啓吾は走りだした。人目も気にせず泣きわめきながら、走りに走った。怪童は追ってはこなかったが、啓吾は決してとまらなかった。一度でも足をとめたら、その瞬間にとらわれてしまう気がしたからだ。
そうして、足がちぎれそうになるほど走りつづけ、ようやく自分の家の中に逃げこむことができたのだ。
それからしばらくのあいだ、啓吾はびくびくしてすごした。毎日、夕暮れになるとおびえ、家の中のほんのわずかな暗がりにもぞっとした。
いつ怪童がまた出てくるかもしれないと思うと、学校にも行けなかった。
三日後、クラスメートの修がたずねてきた。学校を休みつづけている啓吾のために、くばられたプリントをとどけに来てくれたのだ。
修は、やつれた啓吾におどろいたようだった。
「ひどい顔だなあ。どうしたんだよ?」
「ちょっと……腹をこわしたんだ」
「ふうん。そのようすじゃ、夜の遊園地の調査はすすんでなさそうだな。それとも、すこしはなにかわかったのか?」
そうきかれ、啓吾はいろいろと話したくなった。夜の遊園地が「天獄園」という名前であり、そこのオーナーが怪童というやつであること、そして、自分がどんなにおそろしいことに足をふみ入れそうになったかを。
だが、口をひらきかけたところで、ぞわりとした。
気配を感じたのだ。
いる。怪童がこの部屋のどこかにいる。すがたは見えないが、息をころして、啓吾のことを見つめているのがわかる。啓吾がなにをいおうとしているかを、待ちかまえているのだ。
口から悲鳴があふれそうになるのを必死でこらえ、啓吾は目をふせ、小さくいった。
「わかんなかった。なにもわからない。あの遊園地のことは……なぞのままだよ」
その瞬間、残念そうな舌打ちがして、怪童の気配が消えた。
どっと力をぬく啓吾に、なにも知らない修は勝ちほこった顔をした。
「ふうん。さすがの名探偵も、とけなかったわけだ。それじゃ、約束はまもってもらうからな。二度とおれたちのことをばかにするなよ」
「あ、ああ、もちろんだよ。おれ、もうなぞときはやらないから」
「え? そうなのか? なんでだよ?」
修はわけをききたがったが、啓吾はぴたっと口をとじ、それ以上は一言もしゃべらなかった。
「天獄園」や怪童のことを話そうとしたら、きっとまた怪童がしのびよってくる。
そうわかっていたからだ。
古堤啓吾。十一歳。平成元年の五十円玉の男の子。
〈終〉