WEB限定小説

ミステリーヌ〜 前編 〜

挿絵

 ざいぜん小学校の五年生のあいだでは、今、なぞときがブームになっていた。だれもがめいたんていやくになりきり、それぞれがなぞを出しあって、答えをさがすのだ。

 すらすらとなぞがとける子、むずかしいなぞを考えつく子は、「すごいやつ!」として、もてはやされた。

 一方で、なぞがにがな子はばかにされた。

 なかでも、けいはどんじりだった。ヒントのもまったくわからず、 いつもほかの子たちに先をこされてしまう。

 「啓吾って、ほんとばかなんだなあ」

 みんなからあきれた顔をされることが、啓吾はくやしくてたまらなかった。

 一でいいから、だれよりも早く、スマートになぞをといてみたい。

 こがれるようにねがっていたある日のほう、啓吾はなぜかいつもの帰り道をはずれ、細くてうすぐらへと入っていってしまった。自分でもゆうはわからない。ただ、なんとなく「よばれている」とかんじたのだ。

 足をすすめていくと、やがて小さなにたどりついた。

 「『ぜにてんどう』? なんか古くておもしろそう」

 かんばんを見て、まずそう思った。

 だが、そのはおもしろいどころではなかった。「ノベルベル」、「どうブドウ」、「かいとうロールパン」、「ごあいさつ入れ」、「けんとうべんとう」、「いそげもち」、「こうふくだいふく」、「プロレスラーメン」、「あこがれレモン」、「ふえ~るふえ」、「やみふうせん」。

 なんとまあ、目をみはるようなだろうか。おもちゃだって、どれもこれもほしくなるものばかり。

 ならべられたしょうひんちゅうになっていると、いきなり声をかけられた。

 「いらっしゃいませ、こううんのおきゃくさま」

 顔をあげれば、大きなおばさんがそびえ立っていた。せんがらあかむらさきいろものを着ていて、はくりょくまんてんかみは雪みたいに白いが、顔にはしわひとつなく、なんさいなのか、まったく見当がつかない。

 けいはどぎまぎしながらも、頭をちょっとさげてあいさつした。

 「ど、どうも」

 「あい。どうもこんにちは。おいでいただき、たいへんうれしゅうござんすよ。さ、中へお入りくださんせ。まだほかにもたくさんしょうひんがござんすし、おっしゃってくだされば、おきゃくさまにぴったりのおしなをお出しするでござんす」

 みょうことづかいをするおばさんだった。だが、声はやわらかくここよい。その声で、「今、のぞんでいることはなんでござんすかえ?」ときかれては、けいしょうじきに答えるしかなかった。

 「えっと、なぞときじょうになりたいです。今、クラスではやっているんだけど、おれ、ぜんぜんだめだから」

 「なぞとき? おやまあ、それはおもしろいこと。なにをかくそう、このべにもミステリー番組やすいしょうせつだいきでござんすよ。とはいえ、いつもさいまではんにんはわからないんでござんすけど」

 「そう! おれもなんです! だから、そういうのがわかるようになりたくて!」

 「なるほど。では、あれをおすすめさせていただくでござんす」

 そういって、おばさんはひらたくてとうめいなプラスチックケースを出してきた。

 ケースは手のひらにのるようなサイズで、ふたには「ミステリーヌ」と、たまむしいろに光る字で書かれている。

 そして、中には四角いケーキがひと切れ、おさまっていた。たぶんチョコレートケーキだろう。見るからにねっとりとのうこうそうだ。なかにはみどりいろこなとうで、クエスチョンマークがえがかれている。

 けいは、むふうっとあらはないきをもらしてしまった。

 ほしい。これはぜったいにほしい! これこそ、自分のためにつくられたものだ!

 ねだんは五十円とのことだったので、さっそくさいふを出して、百円玉をわたそうとした。だが、おばさんはけとってくれなかった。

 「もうしわけござんせんが、それは本日のこううんのおたからではござんせん。どうぞ、五十円玉でおはらいくださんせ。へいせい元年の五十円玉でのみ、本日の『ぜにてんどう』ではおものができるのでござんす」

 「平成元年の五十円玉? あるかなあ。……ん? あ、あった!」

 よろこびの声をあげながら、啓吾はさいふにあった五十円玉をさしだした。こんは、おばさんもけとってくれた。それも本当にうれしそうにだ。

 「あいあい。本日のこううんのおたからへいせい元年の五十円玉、たしかにいただいたでござんす。では、『ミステリーヌ』をどうぞ。ただし、なぞときを楽しむ前に、くれぐれもせつめいきを読んでくださんせ。ようござんすね?」

 「え? あ、はい」

 「ふふふ。では、なぞときをぞんぶんに楽しんでくださんせ」

 にこっと、おばさんがわらった。そのがおを見たあとのことは、けいはよくおぼえていない。ふとわれにかえれば、自分の家の前に立っていたのだ。

 「え? い、いつのまに……ゆめ? ううん、そうじゃないよな。だって、こうして『ミステリーヌ』があるんだから」

 ああ、「ミステリーヌ」! なんておいしそうなんだ。今すぐ食べなくては。

 わきあがるしょくよくにせきたてられ、啓吾は家にとびこみ、だだだだっと自分のへとかけこんだ。そして、立ったまま「ミステリーヌ」のケースをあけ、中のケーキをつかんで口へとはこんだ。

 「うまっ! わわっ、うまあ!」

 これまで食べたどんなケーキよりも、「ミステリーヌ」はおいしかった。

 見た目どおりののうこうあじわいと、とろけるようなしたざわり。ねっとりとしたチョコのあまみに、ほんのすこしだけビターなふうがまじっているところが、これまたすてきだ。

 うまいうまいと、けいはかけらものこさず食べてしまった。

 そうして、なごりしげにゆびをなめていたときだった。

 「ミステリーヌ」のケースに、一まいのカードが入っていることに気づいた。チョコレート色のカードで、たまむしいろの字でなにか書いてある。

 「なになに? ……あたくし『ミステリーヌ』を食べた方は、だれであれ、なぞときのたつじんになりましょう。どんなヒントものがさず、せいかいにたどりつく。にちじょうにひそむちょっとしたミステリーから、だいけんまで、おおいに楽しみながらなぞをといていきましょう。……へえ、なんかおもしろいな」

 いつもなら、そこでカードをおいていたことだろう。だが、「ミステリーヌ」を食べたせいか、けいは、もっとこまかくしらべなくてはというちになっていた。

 カードをひっくりかえしてみたところ、そこにもなにかが書かれていた。

 「つづきがあったのか。……ただし、お気をつけあそばせ。このには光を当ててはならぬくらやみもあるもの。そのままにしておくべきなぞがあることを、おわすれなく。……ってなんだ?」

 ちょっとよくわからなかったが、心にとどめておこうと、啓吾は思った。

 「たぶん、わからないなぞがあっても、くやしがるなってことだな。うん、きっとそうだ。……そうだ。このケースとか、てとかないと。お母さんにばれたら、むだづかいしたって、しかられるもんな」

 からになったケースをち、啓吾はを出て、だいどころのごみばこにむかった。そのとちゅうで、テーブルの上にふくらんだものぶくろげだされているのが見えた。

 お母さんが買い物からもどってきていたようだ。でも、すがたが見あたらない。おさしみのパックやぎゅうにゅうなどがそのままほうってあるのは、きんきゅうようができたからにちがいない。きっとトイレだ。そして、今夜の夕食は……。

挿絵

 目にとびこむあらゆることが手がかりとなり、頭の中でかちかちかちと、まるですうしきのようにすいが組み立てられていく。

 お母さんがすっきりした顔でトイレから出てきたときには、けいはもう答えを見つけだしていた。

 「あら、啓吾。帰ってたのね。おかえり」

 「うん。お母さんも、ものから帰ってきたばかりなんだね? もしかして、おなかがいたくなった?」

 「え? え、ええ、そうなのよ。きゅうにさしこんできちゃって、もうあせったわ。間に合わないかと、ひやひやしちゃった」

 「そうか。……ちょっときくけど、もしかして、今夜はちらし寿?」

 「え、よくわかったわね? まだつくってもいないのに」

 「だって、きょうはお父さんのおきゅうりょうだから。ちらし寿司はお父さんのこうぶつだし、きょうはおさしみのとくばいって、帰ってくるときに通ったスーパーののぼりにも書いてあったし」

 「うわ、すごい。なんでもお見通しね。さえているじゃないの、けい

 「うん、まあね」

 さりげなさをよそおっていたが、啓吾は自分でもびっくりしていた。こんなにもいろいろなことがわかってしまうなんて、これまでになかったことだ。これは「ミステリーヌ」を食べたおかげとしか思えない。

 「やった! これなら、みんなをかえしてやれるぞ!」

 よくじつ、啓吾はうきうきしながら学校にむかった。「ミステリーヌ」の力はばつぐんにすごいと、もうしっかりわかっていた。きのうは、お父さんがランチになにを食べたか、お母さんがどのくらいへそくりをかくしているか、こんの啓吾のたんじょうになにをプレゼントするつもりなのかも、見やぶることができたのだから。

 「見てろよぉ。みんなをぎゃふんといわせてやる! いひひひ!」

 にやにやしながら、啓吾は教室に入っていった。

 見れば、先にとうこうした子たちがさっそくあつまって、すいようのゲームブックをかこんでいた。これもさいきん、人気になったもので、教えられた手がかりをもとに、なぞの答えを絵の中から見つけだすというものだ。

 けいはすぐさま、わりこんでいった。

 「おはよ! ゲームやってるなら、おれもまぜて!」

 「ええ、啓吾じゃむりだってぇ」

 「そうよ。このゲームブックはじょうきゅうしゃむけで、とくにむずかしいんだから。啓吾くんじゃとけないよ」

 「いや、きょうはいける気がするんだって。たのむよ。おれにもさんさせてよ」

 「まあ、いいけどさ」

 「これで、ビリは啓吾でまりだね」

 啓吾はむっとしたものの、いいかえしはしなかった。そうする前に、ゲームをしんこうさせるゲームマスターやくまさが口をひらいたのだ。

 「それじゃ、はじめるよ。おほん。ワグネルじょうおうほうせきがぬすまれました。この絵の中に、はんにんがいます。ほう使つかいがすいしょうだまで見た手がかりのヴィジョンは、『みどり』、『犬』、『カップ』です。今の手がかりをもとに、犯人を見つけだしましょう」

 そういって、まさはひらいたページをみんなに見せてきた。

 そこには市場がえがかれていた。ごちゃごちゃと、たくさんの人やしなものがこまかくかきこまれていて、見ているだけで目がまわりそうだ。

 みんな、目をさらのようにして手がかりをさがしにかかった。だが、けいはちがった。ひと目見ただけで、答えがわかってしまったからだ。

 「なんだあ。けっこうかんたんじゃん」

 「なんだよ、啓吾? もうはんにんがわかったっていうのか?」

 「うん」

 「うそつけ。ぱっと見ただけで、わかるわけないじゃん」

 「いや、ほんとにわかったんだって。いっちゃっていい?」

 「ふふん。どうぞどうぞ」

 どうせ啓吾にせいかいがわかるわけがない。

 みんなの顔がそういっていた。

 啓吾はにやりとして、絵の中の一かしょゆびさした。

 「こいつだよ。このはんにんだ」

 「えっ? なんでそう思ったわけ?」

 「だって、こいつのたてもんしょう、見てよ。みどりいろで、犬とカップがえがかれているだろ? だから、こいつが犯人でまちがいないよ」

 ええっと、ほかのみんなはいっせいにけいゆびさしたところを見つめた。

 「やだ、ほんとだ。紋章が犬とカップだわ」

 「でも、この盾ってまめつぶくらいの大きさじゃないか。よくすぐに見つけられたな」

 「うん。ぐうぜんにしてもすごいよ、啓吾」

 「偶然じゃないって。おれ、とっくんしたんだよ。おかげで、すいりょくかんさつりょくもぐーんとアップしたんだ」

 「うそだあ」

 「ほんとだって。これからしょうめいしていくからさ」

 そのことどおり、啓吾はありとあらゆるなぞときゲームで、ひとちをめていった。だれよりも早く、せいかくに答えにたどりつく啓吾に、みんなは「ほんものたんていみたいだ!」と、そんけいの目をむけるようになった。

 おまけに、「ミステリーヌ」ののうりょくは、あそびがいでもやくに立った。先生がどんなもんだいをテストで出すつもりなのか、すぐにわかるのだ。

 おかげで、せいせききゅうじょうしょうけいわらいがとまらなかった。

 「すごいぞ! この力があれば、なんでもお見通しってことなんだ。みんなには、なくしものを見つけてとかたよりにされるし。うそも見やぶれるから、だまされるってこともない。便べんすぎて、さいこうじゃないか!」

 啓吾はかなりてんになっていた。そんな啓吾が気に入らなかったのだろう。ある日、クラスメートのおさむしょうをふっかけてきた。

 「そんなになんでもできるっていうなら、ほんもののミステリーをといてみてくれよ」

 しょっぱなから、修はけんかごしだった。

 修はクイズをつくるのがとくで、同じようななかたちと「なぞクラブ」というのをけっせいして、そこの会長となっている。だが、いっしょうけんめい、なぞやもんだいを考えても、すぐに啓吾にとかれてしまうので、さいきんはずっといらいらしていたようだ。そこにきて、「おまえらのつくるクイズって、たいしたことない。もうすこし頭をつかって、おもしろいやつをつくってくれよ」と、けいにばかにされたものだから、ついにかんにんぶくろが切れたらしい。

 にらんでくるおさむに、啓吾はききかえした。

 「ほんもののミステリーって、なんだよ、修?」

 「……夜のゆうえんのなぞだ。夜になると、やみの中にとつぜん、遊園地があらわれるそうだ。あるはずもないしょに出てきて、朝になるとけむりみたいにえてしまう。そこの門をくぐった人は、ほとんどが二ともどってこないって話だ。最近、新聞のにもなったでんせつだよ」

 「ふうん。その遊園地が本当にあるのかどうか、おれにつきとめろっていうんだな?」

 「そうだ。もし、できなかったら、二と『なぞクラブ』のことをばかにするなよ。いいな?」

 「いいよ。やくそくだ。そのかわり、おれがったら、なんかごほうびをよこせよな」

 その日から、啓吾はほうと休日は町の中を歩きまわり、夜の遊園地のことをしらべていった。うわさをたよりに、人にきいたり、ゆうえんがあらわれたというしょをたずねたり。

 「ふん。夜にあらわれて、朝にえる遊園地なんか、あるわけない。きっと、っぱらった人が見たまぼろしさ」

 さいしょはそう思っていたけいだが、しらべるうちに、その考えはまちがっていると思いはじめた。