財前小学校の五年生のあいだでは、今、なぞときがブームになっていた。だれもが名探偵役になりきり、それぞれがなぞを出しあって、答えをさがすのだ。
すらすらとなぞがとける子、むずかしいなぞを考えつく子は、「すごいやつ!」として、もてはやされた。
一方で、なぞが苦手な子はばかにされた。
なかでも、啓吾はどんじりだった。ヒントの意味もまったくわからず、 いつもほかの子たちに先をこされてしまう。
「啓吾って、ほんとばかなんだなあ」
みんなからあきれた顔をされることが、啓吾はくやしくてたまらなかった。
一度でいいから、だれよりも早く、スマートになぞをといてみたい。
こがれるようにねがっていたある日の放課後、啓吾はなぜかいつもの帰り道をはずれ、細くてうす暗い路地へと入っていってしまった。自分でも理由はわからない。ただ、なんとなく「よばれている」と感じたのだ。
足をすすめていくと、やがて小さな駄菓子屋にたどりついた。
「『銭天堂』? なんか古くておもしろそう」
看板を見て、まずそう思った。
だが、その駄菓子屋はおもしろいどころではなかった。「ノベルベル」、「武道ブドウ」、「怪盗ロールパン」、「ごあいさつ入れ」、「健闘弁当」、「いそげもち」、「幸福大福」、「プロレスラーメン」、「あこがれレモン」、「ふえ~る笛」、「闇風船」。
なんとまあ、目をみはるような菓子だろうか。おもちゃだって、どれもこれもほしくなるものばかり。
ならべられた商品に夢中になっていると、いきなり声をかけられた。
「いらっしゃいませ、幸運のお客さま」
顔をあげれば、大きなおばさんがそびえ立っていた。古銭柄の赤紫色の着物を着ていて、迫力満点。髪は雪みたいに白いが、顔にはしわひとつなく、何歳なのか、まったく見当がつかない。
啓吾はどぎまぎしながらも、頭をちょっとさげてあいさつした。
「ど、どうも」
「あい。どうもこんにちは。おいでいただき、たいへんうれしゅうござんすよ。さ、中へお入りくださんせ。まだほかにもたくさん商品がござんすし、おっしゃってくだされば、お客さまにぴったりのお品をお出しするでござんす」
奇妙な言葉づかいをするおばさんだった。だが、声はやわらかく心地よい。その声で、「今、のぞんでいることはなんでござんすかえ?」ときかれては、啓吾は正直に答えるしかなかった。
「えっと、なぞとき上手になりたいです。今、クラスではやっているんだけど、おれ、ぜんぜんだめだから」
「なぞとき? おやまあ、それはおもしろいこと。なにをかくそう、この紅子もミステリー番組や推理小説は大好きでござんすよ。とはいえ、いつも最後まで犯人はわからないんでござんすけど」
「そう! おれもなんです! だから、そういうのがわかるようになりたくて!」
「なるほど。では、あれをおすすめさせていただくでござんす」
そういって、おばさんは平たくて透明なプラスチックケースを出してきた。
ケースは手のひらにのるようなサイズで、ふたには「ミステリーヌ」と、玉虫色に光る字で書かれている。
そして、中には四角いケーキがひと切れ、おさまっていた。たぶんチョコレートケーキだろう。見るからにねっとりと濃厚そうだ。真ん中には緑色の粉砂糖で、クエスチョンマークがえがかれている。
啓吾は、むふうっと荒い鼻息をもらしてしまった。
ほしい。これはぜったいにほしい! これこそ、自分のためにつくられたものだ!
ねだんは五十円とのことだったので、さっそくさいふを出して、百円玉をわたそうとした。だが、おばさんは受けとってくれなかった。
「もうしわけござんせんが、それは本日の幸運のお宝ではござんせん。どうぞ、五十円玉でお支払いくださんせ。平成元年の五十円玉でのみ、本日の『銭天堂』ではお買い物ができるのでござんす」
「平成元年の五十円玉? あるかなあ。……ん? あ、あった!」
よろこびの声をあげながら、啓吾はさいふにあった五十円玉をさしだした。今度は、おばさんも受けとってくれた。それも本当にうれしそうにだ。
「あいあい。本日の幸運のお宝、平成元年の五十円玉、たしかにいただいたでござんす。では、『ミステリーヌ』をどうぞ。ただし、なぞときを楽しむ前に、くれぐれも説明書きを読んでくださんせ。ようござんすね?」
「え? あ、はい」
「ふふふ。では、なぞときをぞんぶんに楽しんでくださんせ」
にこっと、おばさんが笑った。その笑顔を見たあとのことは、啓吾はよくおぼえていない。ふとわれに返れば、自分の家の前に立っていたのだ。
「え? い、いつのまに……夢? ううん、そうじゃないよな。だって、こうして『ミステリーヌ』があるんだから」
ああ、「ミステリーヌ」! なんておいしそうなんだ。今すぐ食べなくては。
わきあがる食欲にせきたてられ、啓吾は家にとびこみ、だだだだっと自分の部屋へとかけこんだ。そして、立ったまま「ミステリーヌ」のケースをあけ、中のケーキをつかんで口へとはこんだ。
「うまっ! わわっ、うまあ!」
これまで食べたどんなケーキよりも、「ミステリーヌ」はおいしかった。
見た目どおりの濃厚な味わいと、とろけるような舌ざわり。ねっとりとしたチョコのあまみに、ほんのすこしだけビターな風味がまじっているところが、これまたすてきだ。
うまいうまいと、啓吾はかけらものこさず食べてしまった。
そうして、なごり惜しげに指をなめていたときだった。
「ミステリーヌ」のケースに、一枚のカードが入っていることに気づいた。チョコレート色のカードで、玉虫色の字でなにか書いてある。
「なになに? ……あたくし『ミステリーヌ』を食べた方は、だれであれ、なぞときの達人になりましょう。どんなヒントも見逃さず、正解にたどりつく。日常にひそむちょっとしたミステリーから、大規模な事件まで、おおいに楽しみながらなぞをといていきましょう。……へえ、なんかおもしろいな」
いつもなら、そこでカードをおいていたことだろう。だが、「ミステリーヌ」を食べたせいか、啓吾は、もっとこまかくしらべなくてはという気持ちになっていた。
カードをひっくりかえしてみたところ、そこにもなにかが書かれていた。
「つづきがあったのか。……ただし、お気をつけあそばせ。この世には光を当ててはならぬ暗闇もあるもの。そのままにしておくべきなぞがあることを、おわすれなく。……ってなんだ?」
ちょっとよくわからなかったが、心にとどめておこうと、啓吾は思った。
「たぶん、わからないなぞがあっても、くやしがるなってことだな。うん、きっとそうだ。……そうだ。このケースとか、捨てとかないと。お母さんにばれたら、むだづかいしたって、しかられるもんな」
からになったケースを持ち、啓吾は部屋を出て、台所のごみ箱にむかった。そのとちゅうで、テーブルの上にふくらんだ買い物袋が投げだされているのが見えた。
お母さんが買い物からもどってきていたようだ。でも、すがたが見あたらない。おさしみのパックや牛乳などがそのままほうってあるのは、緊急の用事ができたからにちがいない。きっとトイレだ。そして、今夜の夕食は……。
目にとびこむあらゆることが手がかりとなり、頭の中でかちかちかちと、まるで数式のように推理が組み立てられていく。
お母さんがすっきりした顔でトイレから出てきたときには、啓吾はもう答えを見つけだしていた。
「あら、啓吾。帰ってたのね。おかえり」
「うん。お母さんも、買い物から帰ってきたばかりなんだね? もしかして、おなかが痛くなった?」
「え? え、ええ、そうなのよ。急にさしこんできちゃって、もうあせったわ。間に合わないかと、ひやひやしちゃった」
「そうか。……ちょっときくけど、もしかして、今夜はちらし寿司?」
「え、よくわかったわね? まだつくってもいないのに」
「だって、きょうはお父さんのお給料日だから。ちらし寿司はお父さんの好物だし、きょうはおさしみの特売日って、帰ってくるときに通ったスーパーののぼりにも書いてあったし」
「うわ、すごい。なんでもお見通しね。さえているじゃないの、啓吾」
「うん、まあね」
さりげなさをよそおっていたが、啓吾は自分でもびっくりしていた。こんなにもいろいろなことがわかってしまうなんて、これまでになかったことだ。これは「ミステリーヌ」を食べたおかげとしか思えない。
「やった! これなら、みんなを見返してやれるぞ!」
翌日、啓吾はうきうきしながら学校にむかった。「ミステリーヌ」の力はばつぐんにすごいと、もうしっかりわかっていた。きのうは、お父さんがランチになにを食べたか、お母さんがどのくらいへそくりをかくしているか、今度の啓吾の誕生日になにをプレゼントするつもりなのかも、見やぶることができたのだから。
「見てろよぉ。みんなをぎゃふんといわせてやる! いひひひ!」
にやにやしながら、啓吾は教室に入っていった。
見れば、先に登校した子たちがさっそくあつまって、推理用のゲームブックをかこんでいた。これも最近、人気になったもので、教えられた手がかりをもとに、なぞの答えを絵の中から見つけだすというものだ。
啓吾はすぐさま、わりこんでいった。
「おはよ! ゲームやってるなら、おれもまぜて!」
「ええ、啓吾じゃむりだってぇ」
「そうよ。このゲームブックは上級者むけで、特にむずかしいんだから。啓吾君じゃとけないよ」
「いや、きょうはいける気がするんだって。たのむよ。おれにも参加させてよ」
「まあ、いいけどさ」
「これで、ビリは啓吾で決まりだね」
啓吾はむっとしたものの、いいかえしはしなかった。そうする前に、ゲームを進行させるゲームマスター役の昌紀が口をひらいたのだ。
「それじゃ、はじめるよ。おほん。ワグネル城で王妃の宝石がぬすまれました。この絵の中に、犯人がいます。魔法使いが水晶玉で見た手がかりのヴィジョンは、『緑』、『犬』、『カップ』です。今の手がかりをもとに、犯人を見つけだしましょう」
そういって、昌紀はひらいたページをみんなに見せてきた。
そこには市場がえがかれていた。ごちゃごちゃと、たくさんの人や品物がこまかくかきこまれていて、見ているだけで目がまわりそうだ。
みんな、目を皿のようにして手がかりをさがしにかかった。だが、啓吾はちがった。ひと目見ただけで、答えがわかってしまったからだ。
「なんだあ。けっこうかんたんじゃん」
「なんだよ、啓吾? もう犯人がわかったっていうのか?」
「うん」
「うそつけ。ぱっと見ただけで、わかるわけないじゃん」
「いや、ほんとにわかったんだって。いっちゃっていい?」
「ふふん。どうぞどうぞ」
どうせ啓吾に正解がわかるわけがない。
みんなの顔がそういっていた。
啓吾はにやりとして、絵の中の一か所を指さした。
「こいつだよ。この騎士が犯人だ」
「えっ? なんでそう思ったわけ?」
「だって、こいつの盾の紋章、見てよ。緑色で、犬とカップがえがかれているだろ? だから、こいつが犯人でまちがいないよ」
ええっと、ほかのみんなはいっせいに啓吾が指さしたところを見つめた。
「やだ、ほんとだ。紋章が犬とカップだわ」
「でも、この盾って豆つぶくらいの大きさじゃないか。よくすぐに見つけられたな」
「うん。偶然にしてもすごいよ、啓吾」
「偶然じゃないって。おれ、特訓したんだよ。おかげで、推理力も観察力もぐーんとアップしたんだ」
「うそだあ」
「ほんとだって。これから証明していくからさ」
その言葉どおり、啓吾はありとあらゆるなぞときゲームで、一人勝ちを決めていった。だれよりも早く、正確に答えにたどりつく啓吾に、みんなは「本物の探偵みたいだ!」と、尊敬の目をむけるようになった。
おまけに、「ミステリーヌ」の能力は、あそび以外でも役に立った。先生がどんな問題をテストで出すつもりなのか、すぐにわかるのだ。
おかげで、成績は急上昇。啓吾は笑いがとまらなかった。
「すごいぞ! この力があれば、なんでもお見通しってことなんだ。みんなには、なくしものを見つけてとか頼りにされるし。うそも見やぶれるから、だまされるってこともない。便利すぎて、最高じゃないか!」
啓吾はかなり天狗になっていた。そんな啓吾が気に入らなかったのだろう。ある日、クラスメートの修が勝負をふっかけてきた。
「そんなになんでもできるっていうなら、本物のミステリーをといてみてくれよ」
しょっぱなから、修はけんかごしだった。
修はクイズをつくるのが得意で、同じような仲間たちと「なぞクラブ」というのを結成して、そこの会長となっている。だが、いっしょうけんめい、なぞや問題を考えても、すぐに啓吾にとかれてしまうので、最近はずっといらいらしていたようだ。そこにきて、「おまえらのつくるクイズって、たいしたことない。もうすこし頭をつかって、おもしろいやつをつくってくれよ」と、啓吾にばかにされたものだから、ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。
にらんでくる修に、啓吾はききかえした。
「本物のミステリーって、なんだよ、修?」
「……夜の遊園地のなぞだ。夜になると、闇の中にとつぜん、遊園地があらわれるそうだ。あるはずもない場所に出てきて、朝になると煙みたいに消えてしまう。そこの門をくぐった人は、ほとんどが二度ともどってこないって話だ。最近、新聞の記事にもなった都市伝説だよ」
「ふうん。その遊園地が本当にあるのかどうか、おれにつきとめろっていうんだな?」
「そうだ。もし、できなかったら、二度と『なぞクラブ』のことをばかにするなよ。いいな?」
「いいよ。約束だ。そのかわり、おれが勝ったら、なんかごほうびをよこせよな」
その日から、啓吾は放課後と休日は町の中を歩きまわり、夜の遊園地のことをしらべていった。うわさをたよりに、人にきいたり、遊園地があらわれたという場所をたずねたり。
「ふん。夜にあらわれて、朝に消える遊園地なんか、あるわけない。きっと、酔っぱらった人が見たまぼろしさ」
最初はそう思っていた啓吾だが、しらべるうちに、その考えはまちがっていると思いはじめた。