取材日記

本を持って台湾へ!

2015/12/01

27巻目の『キューバ』。本を作っている最中から、「どうやってエリオ(主人公の男の子・野球好き)に渡しましょうかー」「郵便ってちゃんと届かなそうですよね……」という会話を著者の八木虎造さんとしていました。本もできて、しばらくたった先日、八木さんから「いい方法がありました!」との連絡が。その「いい方法」とは…? (物理的に)海をわたる「世界のともだち」のお話しです!

本が完成したので、それを主人公のエリオや家族に報告したかったものの、キューバではほとんどの人がインターネットを使うことができず、メールなど、簡単に伝える手段がありません。エリオの野球チームのコーチ、ぺドリだけは海外用のメールアドレスを持っています。さっそくペドリコーチにメールを送ると、「みんながすぐにでも本を見たがっているよ!」とのこと。ただ、僕が直接キューバまで持って行けそうなのは何か月も後。エリオの家に本を郵送しようかと提案したら、それは絶対にやめたほうがいいとの返事……

彼のお父さんはイタリアで野球の指導をしていたことがあるのですが、イタリア滞在中にキューバへ送った荷物は1度たりとも着いたことがなかったそうで、ぺドリコーチは「郵送では絶対に無意味だ!」と力強いメッセージを送ってくれました。

そんなメールのやりとりが続くうちに、話題はなぜか世界野球WBSC(プレミア12)のことになっていました。僕は台湾にキューバ代表の試合を見に行く予定でした。それを伝えると、

「ヤギ、名案があるよ! 僕の友人がキューバ代表のピッチャーとしてWBSCに出ているから、
彼に会ってエリオの本をあずけてくれないか?」との提案が!

「わかった。彼にもそのことを伝えておいてくれる?」

「いや、彼はもう台湾に行ってしまったよ。
会ったときに事情を話してくれないか。彼ならOKしてくれるから」

「とりあえずやってみるよ。それで名前はなんていう選手? 背番号は?」

「フレディ・アルバレスという名前で、背番号は15だよ」

なんと、僕も知っている有名な選手です! しかもそのやりとりをしていた11月12日、対プエルトリコの試合でアルバレス選手が出場していたのを、ちょうどテレビで見たところでした。テレビごしで見ていたこともあり、そんな有名選手にどう渡そうかと考えるだけで、心臓の鼓動ははやまり、緊張が走ります。なんだかちっとも名案じゃない気もしましたが、僕もできることなら一刻も早くエリオたちに本を見てもらいたい思いがあるので、ダメもとで、とりあえずエリオの本を持って行ってみることにしました。

台湾滞在中に、キューバ対台湾戦と、キューバ対イタリア戦がみられることがわかりました。この2試合のどこかのタイミングで渡さなければなりません。まずキューバ対台湾戦に行ってみました。試合前にもかかわらず、球場の内外が台湾チームを応援しに来たたくさんのお客さんで、びっしりと埋めつくされていました。これはとても選手に近づける雰囲気ではない……この日はあきらめ、次の日に行われる、キューバ対イタリア戦に賭けてみることにしました。


キューバ対イタリア戦が行われる球場に入ってみると、昨日とは違い、試合前の観客席には100人もいない状況です。少し大声を出せば、グラウンドで練習している選手たちに届きそうです。ただ、試合前とはいえ、選手に迷惑のかからないように渡すにはどうすればいいのかと考えていたところ、客席にキューバチームの関係者らしき人を発見しました。


「あの、すみません……」

と、声をかけると、その人は僕を見るなり

「おー! なんでアジア人のキミがビジャ・クララのTシャツを着てるんだい?」

と逆に質問してくれました。ビジャ・クララとは、アルバレス選手がふだん所属しているチームの名前で、そのTシャツは、僕がキューバ滞在中にペドリコーチからもらったものだったのです。その人の笑顔を見て「これはいけるかも!」と思い、一気にこれまでの経緯を話しました。すると「それなら今ここから声をかければいいよ」とのこと。

「試合前ですけど迷惑じゃないですか?」と聞くと
「試合中でなければ大丈夫だよ」との返事。

でも、アルバレス選手はグラウンドに出ていないようでした。

「あぁ、今日彼は出場しないから、たぶん練習には参加しないけど、もうすぐしたらグラウンドに来るはずだよ。それじゃ」

と言いのこし、関係者らしきおじさんは立ち去って行きました。

あの人を引きとめて本を渡し、アルバレス選手に届けてもらえばいいか? いや、グラウンドに出てきた彼に話しかけて、きちんと事情を説明してから渡した方がいいか? どうしようかと迷っていたそのとき、グラウンドにアルバレス選手があらわれました。彼は練習に参加するでもなく、ベンチにすわってリラックスしているようすです。

タイミングはここしかないと思い、彼にむかって「アルバレスさん!」と大声で叫びました。すると彼は僕のほうを向き、Tシャツを指さしながら「ビジャ・クララ! ビジャ・クララ!」と言っています。彼に近づいてフェンスごしに「あの、僕はサンタ・クララのペドリコーチの友人で……」と説明をはじめました。アルバレス選手は僕の話に耳をかたむけてくれました。

「本をペドリに渡せばいいのか? OK! でもいつ帰れるかわからないよ。このまま試合を勝ちすすめば、日本に行ってまた試合することになるし」

「はい、全然問題ないです!」

僕はエリオの本をフェンスのすきまから彼に渡しました。「本を見てみてもいい?」と、この場で開こうとしてくれた瞬間、彼は少し離れていたところにいたコーチに声をかけられてしまいました。

「ごめん、もう行かないと」

「はい。ペドリコーチたちによろしくお伝えください!」

「OK!」

と言って、彼はエリオの本を手に持ったままコーチのほうに走って行きました。

ほんの一瞬の出来事でした。その後試合が行われ、2対1でキューバが勝ったのですが、本を渡せた満足感で頭がぼーっとしてしまい、試合の内容はほとんど覚えていません。キューバ代表は準々決勝でやぶれ、日本に来ることがかなわずに国へもどっていきました。日本から台湾へ、そしてキューバにもどったアルバレス選手からペドリコーチへ、ペドリコーチからエリオへ……本が海をわたるようすを想像しつつ、無事にエリオに届くことを祈りながら、僕も帰路につきました。

(写真・文 八木虎造)

今ごろキューバに(たぶん)届いているはずの
『世界のともだち㉗ キューバ 野球の国のエリオ』の詳細はこちらでどうぞ!

八木虎造

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1974年、東京都大田区生まれ。野球をはじめたのは5才のとき。小学生のころの夢は、プロ野球選手か天文学者になること。中学生のころにみた、スポーツ写真に感動してカメラマンを志す。24才でプロカメラマンになり、30才からイタリア、リトアニアで野球選手としてプレーし、キューバにも野球留学した。右投げ右打ち、捕手。著書に『イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました』(小学館)がある。

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