取材日記

リセットの暮らし

2014/11/14

きょうの取材日記は、長倉洋海さんのメキシコ編2回目です。前回のブログでは、難航した主人公さがしについて書かれていましたが、テオティトランデルバジェの町で出会ったリセットの撮影はどんなふうだったのでしょう?

 

リセットの両親も、リセットの写真を撮ること許可してくれて、やっと待望の撮影がはじまった。最初は、家族も「ほんとうに本になるの?」という感じだったが、次第に打ちとけてくれて撮影は順調に進んだ。

リセットの生活を撮りながら感じたのは、彼女は家族や周囲の人ばかりか、生活環境にもとても恵まれているということだった。

まず、お父さんがとてもやさしい。アメリカで長い間、長距離トラックの運転手をしていて家を空けることが多く、家族と過ごす時間が少なかったからか、家族との時間をとても大切にしている。リセットの勉強もよくみてくれる。彼女が苦手な算数もじっくりと時間をかけて教えてくれる。学校にお弁当を届けにきてくれるのはお父さんの役目だし、帰るときには迎えにきてくれる。ピクニックにもよくつれていってくれ、先住民の言葉で山や川の名前も教えてくれる。

リセットは朝、市場でお母さんのエプロン売りを手伝うのが日課だ。市場から家にもどると、となりに住むおばさんに好きなスタイルの髪にゆってもらう。お気に入りの髪型だと気持ちよく学校にむかえる。

学校では、女性校長のピィニャ先生が教室をまわって生徒たちを見守ってくれているし、担任のアモス先生はどなったり、はたいたりもせず、やさしく根気よく生徒たちの質問に答えてくれる。

学校が終わるとおばあちゃんの家でお茶とお菓子をごちそうになったり、おじいちゃんの織物を手伝ったりする。家ではお母さんから刺繍を教わることもできる。

リセットはとてもぜいたくな時間を過ごしているなあと思う。でも、一番のぜいたくは、「自由と安全」なのかもしれない。治安の悪いアメリカとちがって、この山間の小さな町は知っている人ばかり。表を自由に歩けることが、一番リセットが気に入っていることだ。

町を歩いていて、織物を買いにきた外国人旅行者が、お母さんの作ったエプロンを抱えて歩いているのを見ると、我がことのようにうれしくなる。アクセサリー作りが大好きなリセットだから、「みんなが気に入ってくれるものを作りたいな」というはげみにもなる。

彼女の町だけでなく、メキシコのどの町もさまざまな民芸品であふれている。エプロンの生地を買いに行くお母さんについて、ほかの町の市場を訪ね、そこの店先にならんだ民芸品を見たり、伝統的な料理を食べたりするのも楽しい。あでやかな色彩や形……どうして、こんなにきれいなんだろうといつも新鮮な気持ちになる。市場で集まるさまざまな人たちの顔や衣装を見るのも好きだ。オアハカだけで15、6の言語があり、方言は540もあるというから、いつもはじめてみる服装や、はじめてきく言葉がある。そんなとき、さまざまな民族が暮らすメキシコという国が誇らしくなる。


でも、やっぱりリセットは都会っ子。実はほんとうの自然がちょっと苦手かのかもしれない。一度、町を見下ろす山までお父さんと弟の3人でピクニックにでかけたことがあるが、ズボンにサボテンのとげがたくさんついてしまって、表情はみるみる不機嫌になったことがある。

その一方で、町では文房具やノート、本を見るリセットのうれしそうな顔がある。なかでも、ビザ屋に入ったときのうれしそうな表情が忘れられない。でも、この町がやっぱり好きだ。ちょっといなかだから、アンテナがなくて携帯電話が通じないし、家のコンピューターも使う機会がなく箱に入ったままだ。でも、リセットは自分のリズムで家族と時間を過ごすことができ、先住民の智慧や文化に触れることができる。

まだ友達が少ないけれど、もっともっと友達ができたとき、リセットはほんとうの意味で、この町の住人になったといえるのかもしれない。

(写真・文 長倉洋海)

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長倉洋海

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1952年北海道釧路市生まれ。通信社勤務を経て、1980年よりフリーの写真家となる。以降、世界の紛争地を訪れ、戦争の表層ではなく、そこに生きる人間の姿を捉えようと撮影を続けてきた。『マスードー愛しの大地アフガン』で第12回土門拳賞、『サルバドルー救世主の国』で日本ジャーナリスト会議奨励賞、『ザビット一家、家を建てる』で講談社出版文化賞写真賞を受賞。著書に、『ヘスースとフランシスコ エルサルバドル内戦を生きぬいて』、『私のフォト・ジャーナリズム』などがある。

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