取材日記

近くて遠いふしぎな国

2016/04/11

きょうは、『ロシア』を撮影していただいた安井さんの取材日記1回目です。ロシアの大学で過ごし、ロシアという国を肌で感じてきた安井さんならではの「ロシア観」が垣間見られます!

みなさんは、ロシアという国についてどのようなイメージをお持ちですか?

①マトリョーシカ、チェブラーシュカ、かわいいロシア
②ボルシチ、ピロシキ、おいしいロシア
③寒くて暗くて危ない、「おそロシア」

どれも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか? かわいくておいしくておそろしい、なんだか変な組み合わせですね。もちろん、いずれも部分的には正解な気もします。でも、結論を出すのはもう少しだけ待ってみましょう。

わたしがロシアという国に興味を持ったのは、ずいぶん前のことです。子どもの頃のわたしは世界地図を見るのが大好きでした。その頃から日本のすぐ隣にある「ソヴィエト社会主義連邦共和国」という、なんだかとてつもない感じのする国に謎の魅力を感じていました。東の果て、北海道のすぐ隣にあるサハリン島には「樺太(からふと)」という日本語の名前もあったり、何千キロも離れた西の端にはベラルーシ(白ロシア)なんていうのもあったりで、ちょっとした地理マニアだったわたしの心をグッと掴んでいたのでした。それからしばらくして、学校でもらった地図帳には、ソヴィエト連邦の代わりに「ロシア」という別の名前が!
それから何年も経って、大人になってもわたしは個人的にロシアのことをもっと知りたいと思っていました。

写真をとおして本格的にロシアのことを勉強しようと思い、2007年に現地の大学へ留学をしました。その頃から「ロシアの普通のくらし」というのがわたしの大きな研究テーマになりました。しかし、ロシアで出会った人たちはそんなわたしを面白がり、また珍しがってもいました。なぜなら彼ら自身ですら、ロシアという国がそもそも一体どういったものなのかよくわからないというのです。ですから、外から来たわたしがどのように彼らの日常を見ているのか気になったのでしょう。ロシアについて知れば知るほど、「謎の国」の謎は深まるばかりでした。

日本からヨーロッパ方面へ出かけるとき、飛行機が離陸してから食事をとり、ひと眠りしてからまた食事をしても、未だロシアの上空を飛んでいることに、毎回少なからず驚きます。それだけ大きな国ですから、地域によって生活や習慣はずいぶんちがいます。あまり知られていないことかもしれませんが、ロシアは世界でも有数の多民族国家なのです。ロシア人以外にも、タタール人やウクライナ人など、約170以上の民族が各地に暮らしていて、それぞれ独自の文化や言語を持っています。とはいえ、たいていは誰でもロシア語を自由に話しますし、おなじテレビをみて、おなじ教育を受けています。ロシアがどのようにしてあれだけ広い地域において、たくさんの異なるルーツの人々をひとつに繋いでいるのか、考えてみると少し不思議なことですよね。

このたび「世界のともだち」のロシアを担当するお話をいただいたとき、ロシアのどの街で主人公の子どもを探そうか、ずいぶん考えました。当然、わたしの慣れ親しんだ街や、よく知っている地域で取材をしようかとも考えました。ですが、編集部の方々と話しあった結果、なるべく日本から近い極東ロシアへ行こうというアイディアが浮かびました。読者になる日本の子どもたちに、まずはロシアという国がすぐ近くにあるということを知ってもらうキッカケになればと思ったのです。善は急げということで、すぐに知人に連絡をしました。ロシアの人は親しくなると、親切を通り越して、少しお節介なくらいの所があります。知り合いから知り合いへとあっという間に話は飛び、ウラジオストクという街に住むセミョーンの家族を紹介してもらいました。わたしにとって、極東ロシアを訪れるのはこれが初めてです。成田から飛行機でたったの2時間半。ロシアってなんて近い国なんだ! と、いまさらながら思ってしまいました。
セミョーンに初めて会ったとき、とても恥ずかしがりながら「こんにちは」と日本語であいさつをしてくれました。サッカーをするのが大好きな、11才の男の子です。

セミョーンがわたしたちを案内してくれるロシアは、冒頭で挙げた3つの項目のようなロシアの姿かもしれないし、それとは少し違ったイメージかもしれません。どうぞじっくりと見て、たしかめてみてください。それから、セミョーンたちの暮らしが、わたしたちの暮らす日本から、ほんの僅かな距離にあるということを想像してみてください。実際に写真を撮りに行ったわたしにさえ、それが未だ不思議に思えるのです。

 

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安井草平

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1983年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。日本写真芸術専門学校卒業後、「現代写真におけるロシアのビジュアルイメージ」を研究テーマにロシアへ留学。ロシア連邦カザン大学にて6年間にわたりリサーチをおこないながら作品を制作。これまでにドイツ、ロシア、ラトビア、カンボジア、インドなどで作品を発表。2015年6月に、国内で初めての個展 「An Uncertain Circle – ロマの村からの日記」を新宿コニカミノルタプラザにて開催。

 

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