取材日記

クラースとの毎日 後編

2016/01/15

新井卓さんのベルリン取材日記、2回目をおとどけします! (1回目はこちら
ベルリンの小児医院からご報告スタートです。
採血を待つときのクラースの表情(顔は見えないのですが)、
ものすごく気持ちがわかります……。

健康診断の日

「明日の撮影は午後からでいい?」と、クラースのお母さんのウタさんが言うので理由をたずねると、小児科のドクターのところへいかなくてはならないから、だそうです。といっても具合が悪いわけではなく、定期的な健康診断で、採血もするとのこと。ベルリンの医院がどんな様子なのか見てみたかったので、朝から同行させてもらうことにしました。

自宅から公園の中を抜けて自転車で走ること15分。デパートのそばのにぎやかな通りに着きました。外からは見逃してしまいそうなふつうの建物の2階が、複数のお医者さんが共同で経営しているという小児医院です。

金庫みたいなドアを開けて中に入ると、壁や天井に飾りつけがされ、明るい色の壁の、なにやら素敵な待合室が。隣りあった二部屋には、小さい子どもが退屈しないように、木でできた機関車や、帆船の椅子や、遊具がおかれています。いちばん入り口に近い部屋には木製のベッドがならべられ、高熱でインフルエンザなどが疑われる子どもは一時的にここに待機するとのことでした。

10分も待たないうちに、女の人がクラースを呼びに来ました。どうやら彼女は看護師のようで、お医者さんは、少ししてから注射用の道具や聴診器をもって登場。なんとなくビスマルクみたいな、こわもての先生を想像していたら、まったくの見当ちがい。こちらもにこやかな、やさしそうな女医さんでした。ふたりとも気楽な普段着で、白衣は着ていません。診療室も、僕たちが思い浮かべる病室とはまったく違っていて、明るい窓際に机と椅子があるだけ。

問診や触診のあと、いよいよ採血です。

クラースはお母さんに手を握ってもらって、針をさすときはちょっと顔をしかめたけど、よく我慢しました。最後に身長と体重を測って、診察は終わり。ウタさんは、クラースが小柄なので心配して、念のために定期検診を受けているそうです。でも、こんな医院なら、時々来るのもそれほど嫌ではないかもしれません。

アドルフ=グラスブレンナー基礎学校の大人たち

11月のある日、きょうは学校アルバム用の写真撮影があると聞いて、朝いちばんに学校に向かいました。
いつもは音楽や演劇の授業で使っているホールに入ると、ストロボや背景などがすっかり用意されていて、いかにも写真のおじさん、といった風貌のカメラマン氏が待ち構えていました。氏はかれこれ30年、この地区の色々な学校で写真を撮りつづけているそうです。クラースの担任、コッター先生は、べつの学校で彼に会ってから、なんと二十年ぶりの再会とのこと(!)。



撮影はひとりずつ、ポートレイト(肖像写真)から。虹色の背景の前で、子どもたちが順番にポーズをとっていきます。

ベルリンの子どもたちはジーンズ姿が多いですが、服装はみなそれぞれで、特になにも気にしていない風です。でもなぜかちょっとお洒落に見えます。子どもが奇抜な格好をしたり、髪を染めたりすることについて文句をいうおとなはいません。子どもたちがロックスターの真似をしたり、人と違う格好をしたがるのは、早くおとなになりたいという気持ち、あるいは、個性を探求する気持ちのあらわれとして、理解されているようです。そういえば、髪を青と紫の二色に染め分けたゴス・ファッションの先生と、学校の廊下でときどきすれ違いました。

ポートレイトの撮影が終わると、つぎは集合写真です。カメラマン氏が手際よく生徒たちを並べて、はいポーズ! あっという間に終了です。せっかくみんながそろった機会なので、僕も「世界のともだち」の本のための集合写真を撮らせてもらうことに。もう一度みんなに並んでもらうと、お願いしていないのに、カメラマン氏もにこやかにポーズしてくれました(本に掲載されている集合写真で、ひときわ目立っているのが彼です)。

「こっちに来なさい。きみのカメラで一緒に撮ってあげよう」カメラマン氏のうれしい申し出に、撮影を手伝ってもらっている神谷くんといっしょに列に加わりましたが、後で写真をチェックしたらひどくピンボケの写真でした。僕が使っているのは手動でピントを合わせるレンズなので、カメラマン氏は慣れていなかったのかもしれません……。

2015年の5月末、撮影もいよいよ終わりに近づいてきました。この夏が終わると、クラースも、クラスメートたちも、それぞれ新しい道を進んでゆきます。

 

きょうはクラス全員で実験音楽のセッションをやるというので、学校の音楽室を訪ねました。
教室に入るとすでに、子どもたちが色々な楽器を手にスタンバイしていました。中央で指揮するのは、地元の音楽家です。みんながにらんでいる楽譜をのぞくと、なんと図形楽譜(五線譜に音符ではなく、図形で曲の構成を表現する楽譜のこと)です。このセッションのために作曲したオリジナルの曲だそうです。

楽器は、テルミン、ハープ、陶器の皿にシンセサイザー、電子タブレットまで。教室の電子黒板の操作を先生に任されるほどコンピューター好きのクラースは、電子タブレットとイコライザーをつなげた装置で、ノイズ担当です。

ベルリンでは物事の追求ぶりに終始おどろかされましたが、そこまでやるか! というセッティングに、またしても度肝を抜かれました。曲は、卒業のパーティで、みんなで披露するとのこと。演奏はまず、学校のチャイムの音を連想する音から始まって、ひとつひとつ楽器が加わり、不協和音とともにだんだん抽象的になっていきます。

もう少し即興的な要素があるともっといいのに、というのは個人的な感想でしたが・・・。
ファインダーごしに、一年半で驚くくらいおとなっぽくなった子どもたちの姿を見ながら、少し寂しく、また同時に頼もしく感じた授業でした。

学校を後にするとき、子どもたちに「将来日本に来ることがあったらいつでも連絡して」と言おうと思っていたのに、言いそびれてしまったのが心残りです。でも、本を読んだみなさんの中には、偶然、地球のどこかでクラースや登場人物のだれかにばったり会う人がいるかもしれません。そう考えると、本当に素晴らしい仕事に参加させてもらったなと思います。

ブログを最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました!
まだまだ書き足りないことが数多くありますので、また、更新するかもしれませんが、ぜひ、本を手に取ってご覧いただけたらうれしく思います。

(写真・文 新井卓)

世界のともだち32『ドイツ 丘の上の小さなハカセ クラース』、

くわしくはこちらをごらんください!

カメラマン氏の入った集合写真も掲載しています。

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新井卓

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1978年川崎市生まれ。写真の原点を探るうち黎明期の写真技法・ダゲレオタイプ(銀板写真)を知り、試行錯誤ののち同技法を習得。アメリカ水爆実験の被害を受けた第五福竜丸の船体や元船員と出会った2010年ごろから、核災害に翻弄される人々や核の遺物を<小さなモニュメント>として記録しつづけてきた。ボストン美術館、東京国立近代美術館、森美術館など国内外の展覧会に参加。英国ソースコード・プライズ受賞。著書に写真集『MONUMENTS』。

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