取材日記

伝統文化が残る ルーマニアの村へ

2013/12/03

『ルーマニア アナ・マリアの手づくり生活』で、ルーマニアのマラムレシュ県にある小さな村で暮らす子どもを撮影した写真家の長倉洋海さん。撮影する村を見つけるまでのお話をききました。

中央ヨーロッパに位置し、ローマ人の末裔であることに誇りを持つ国、ルーマニア。伝統文化が強く残るといわれるこの場所で、「世界のともだち」シリーズに登場する子を撮りたいと思った。
地方都市バイア・スプリエにある小さなゲストハウスを拠点に、周辺の村を訪れることにした。

しかし、少子化が進んでいることもあって、「これは」と思う子がなかなか見つからない。伝統的な村では8割が空き家。海外への出稼ぎや、都会へ引っ越した家が多い。子どもの数が減り、全校生徒が20人を切る小学校もあった。インターネットで「祭りがある」と知ってそこに駆けつけてみても、村人のほとんどは祭りのことを知らない。長い間、祭りは中断されていたのだ。再開された祭りの場に出会えても段取りが悪く人が集まらない。やっと来てくれた子どもたちは民族衣装をまとっているものの、生活実感がなく、形だけのものだ。

「家の仕事を手伝っているわよ」という子がいても、同行する通訳のエレナがダメ出し。「手が荒れていないし、爪にマニキュアまでしていた」というのだ。子どもが少ないせいか、みな大切に育てられ、あまり家を手伝うということはないのだろう。家も近代的なコンクリート家屋が多く、伝統的な木造の古い家に住んでいるのはおじいちゃん、おばあちゃんだけだ。

もう、時代は変わってしまったのだろうか。以前読んだ本でルーマニアでは、日曜日の礼拝帰りの若者が民族衣装のまま、ささやかなお見合いのような場へ行くとあったので、そんな場所を探してみた。でも、いまはバーに若い男女が集まるという。そこへ行ってみると、町の大学から帰省中のジーンズやミニスカート姿の若者がビールをのみながら合コンをしていた。がっかりしてしまった。

あっという間に5日間が過ぎ、焦りだしたとき、宿の奥さんが「とてもいい雰囲気の村がある」と声をかけてくれた。彼女は学校の先生で、以前勤めていた学校がある村だという。それがネグリア村だった。彼女の案内で、車で山道をどんどん入っていくと、大きなキリスト像やマリア像があった。手づくり感があり、お地蔵さんのような感じで親近感がわく。そこを過ぎると、緑豊かな斜面が広がり、素朴な家々が点在している。狭い道を、山のように飼い葉を積んだ馬車が通る。背にかごを背負ったおばあちゃんが、羊や牛を追って山道を行く。

「これだ。こんな雰囲気を撮りたかったんだ」と気持ちが高ぶってくる。村の木造教会が見えてきた。ここに私が探している年齢のアナ・マリアという子が日曜礼拝にやってくるときいていたのだ。出会ったアナ・マリアはとてもかわいい女の子だった。兄妹が3人いて、6人家族という家族構成も気に入った。一緒に教会に来ていた母親のアウリーカに今回の企画の話をすると、「大丈夫よ。ぜひ、家を見にきて」笑顔でこたえてくれる。彼女が乗り気なのとドンと構えた雰囲気がいいなあと思った。この一家の生活はきっと楽しいぞ、という予感がした。

つづく……

文・長倉洋海

長倉洋海さんによる、世界のともだち①『ルーマニア アナ・マリアの手づくり生活』はこちら

長倉洋海

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1952年北海道釧路市生まれ。通信社勤務を経て、1980年よりフリーの写真家となる。以降、世界の紛争地を訪れ、戦争の表層ではなく、そこに生きる人間の姿を捉えようと撮影を続けてきた。『マスードー愛しの大地アフガン』で第12回土門拳賞、『サルバドルー救世主の国』で日本ジャーナリスト会議奨励賞、『ザビット一家、家を建てる』で講談社出版文化賞写真賞を受賞。著書に、『ヘスースとフランシスコ エルサルバドル内戦を生きぬいて』、『私のフォト・ジャーナリズム』などがある。

長倉洋海ホームページ

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