取材日記

踊り子、マン・アユ

2015/09/14

今日の取材日記は、「インドネシア」のカメラマン、石川梵さんです。たくさんの島があるインドネシア。そのなかからバリ島をえらんだ理由、そして、主人公のマン・アユとの運命的な出会いについて教えてくださいました!

「世界のともだち」シリーズのおはなしをいただいたとき、さて、インドネシアのどの地域にしようかな、と悩みました。インドネシアは取材でもう何十回も訪れ、それぞれの島によってまるで別の国のように文化が違うことを知っていたからです。当初はイスラム教徒が国民の8割近くを占める島、ジャワ島のイスラム教徒の子どもに焦点を当てようかな、とも考えました。でも、むしろ多民族、多宗教のインドネシアだからこそ、あえてイスラム教に属さない、他の地域にスポットをあて、その多彩さを出してみたいとも思いました。

1万3千以上もの島々からなるインドネシア、私が取材することに決めたのは、もっとも通いなれたバリ島でした。

バリ島を選んだ理由のひとつは、日本でもよく知られた観光地でもあるにもかかわらず、人々が、彼ら自身の信仰や文化をとても大切にし、誇り高くそれを今も守っていること。これは簡単なように思えて、とても難しいことです。もうひとつの理由は、もう23年も前のこと、当時16才のバリ舞踊の踊り子さんを取材したことがあって、今もバリを代表する舞踊団に属する彼女の身辺で、やはり踊り子を目指す小学生がいるかもしれない、という期待でした。芸術の島バリで小さな踊り子を取材できれば、まさにこの世界のともだちシリーズにうってつけのように思えました。

じつはこの仕事のいちばんたいへんなところは、限られた時間の中で、まず子ども探しからはじめなければならないところです。主人公はごく普通の子で、ということだったのですが、もちろんだれでもいいというわけではありません。その国や地域の伝統や文化、特色が感じられる家庭や環境にあり、あまりお金持ちであってもいけないし、貧しすぎてもだめ。そして何より大切なのは、普通でありながら、何かひとつでもその子がキラリと光るものを持っていなければ、写真家にとっても、見る人にとっても魅力的な本にならないということです。

旧知の踊り子さんの紹介でふたりの子どもに会い、ひとりは取材もはじめたのですが、生活が西洋風で、ちょっと裕福過ぎたこともあり、途中で断念しました。2週間の取材予定のうち、この時点ですでに1週間が過ぎていました。いったいどうなることだろうと焦りました。

わらをもつかむ気持ちで、子どもたちが踊りの練習をしているという王宮跡にいってみました。そこで今回の主人公となったマン・アユと出会ったのです。ひと目見て、「あっ、この子だ!」とピーンと来ました。ちょっと見は、ごく普通の女の子なのですが、笑顔がすばらしく、その瞳はバリの太陽のようにまぶしく輝いていました。

取材をはじめてみると、彼女の家庭は、慎ましく、暖かく、バリらしい信仰に篤く、伝統家屋によりそって住む、まさに理想的な家庭でした。しかも彼女は、母親ゆずりの踊り子で、観光客相手とはいえ、舞台にも立っていたのです。これは全く予想していなかったことです。私は嬉々として取材期間を一週間のばしました。

朝起きてから学校へもいっしょに行き、寝るまでの密着取材。大切な娘の本ができるというので家族も協力的でした。バリの庶民の暮らしが、実にことこまかくわかり、たいへん興味深い。ウブドは観光客も多い町です。でも、観光客の存在を忘れてしまうくらい地元の人々と生活をともにしました。

取材というものは、常に困難や問題が降りかかってくるものですが、そのつど、小さな奇跡が起きて救われる。彼女との出会いは、これまでのそんな経験を思い起こさせてくれました。

(写真・文 石川梵)

世界のともだち㉕『インドネシア バリの踊り子 マン・アユ』、
くわしくはこちらをごらんください!

石川 梵

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1960年大分県生まれ。フランスAFP通信社を経て独立。「祈り」をテーマに世界各地で撮影を続け、日本や海外のメディアでフォトストーリーを発表しつづけている。写真集に『The Days After 東日本大震災の記憶』(飛鳥新社/日本写真協会作家賞)、『海人』(新潮社/講談社出版文化賞写真賞、日本写真協会新人賞)など、フォトエッセイに『鯨人』『伊勢神宮 式年遷宮と祈り』(ともに集英社新書)、『祈りの大地』(岩波書店)などがある。

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