取材日記

ヌックの誕生日

2014/11/29

ERICさんから届いたタイの取材日記、2回目です(1回目はこちらです)夏の取材は、ヌックの誕生日からはじまりました!

7月の撮影は12日のヌックの12歳の誕生日をメインに予定を組んだ。連休を利用して、お父さんの友人の別荘を借りてすごすという。朝、9時にヌックの家。お母さんと妹のナノもいっしょに、お父さんの車で出発。3時間の道中、家族は和気あいあいと、なんともにぎやか。タイ語は皆目わからないけれど、音楽みたいに変化する楽しげな響きに身をひたしているのはここちよかった。到着した別荘の大きさにはびっくり。

誕生日の寺参りはあたりまえなのだそうだが、どんな宗教にもうとい僕には、めずらしい経験。別荘近くの田舎のお寺はバンコクにあるお寺とくらべるととても簡素で、お父さんによると、これがお寺本来の姿だという。バンコクの広壮な寺院はかつての国王が建立に関わっていて、とくべつ入念に荘厳にされているのだそうだ。息苦しさを覚えるほどのあの濃密な飾りも確かにすごいけれど、僕にはこちらの方が好ましい。

翌日から断食をともなう行に入るお坊さんたちの前には、信者が手に手に持ち寄ったごちそうがズラリ。お坊さんだけで食べきれるものではないから、参詣者にもふるまわれる。パクパク食べながらの撮影となった。華やかなばかりの見かけだおしの料理かと思ったら大間違い。何気なくつまんだ鳥料理のおいしさときたら、『今、食べたのどれ?』と探したくらい。活発な都会っ子のヌックだけれど、手を合わせる表情は静かそのもの。タイが篤い仏教国なのを、その彼女の姿であらためて実感する。

タイは政治的には不安定で、貧富の差も、都市と地方との格差も大きく、それがもとで民政と軍政が交代をくりかえし、そのたびに世界的ニュースになる。普通なら内乱状態におちいってもおかしくないが、そうはならない。2011年の洪水のとき、僕はバンコクで、人々がたくましく生活をする姿を撮影した。長く都市機能がまひした状況下でも、治安は強権(実力)の発動なしにたもたれていた。政治的不安定には王室が、人々の心の荒廃には仏教が、それぞれ大きな歯止めになっているのだ。印象的なのは、政治・王室・仏教が自らの領分をわきまえ、互いに覇を競わず、それどころか互いを補完し合うように存在し機能していることだ。問題のない国はない。問題を抱えつつもこの国がまとまりえてきたのは、いわばタイ式三権分立(政治・王室・仏教の三権分立)が確立されていて、人々が自分達のアイデンティティの前提条件としてそれを支持しているからだと思えてくる。

ヌックはまだ子どもなので、彼女を撮っていても、ファインダーのなかに「政治」が入ってくることはまずない。しかし「王室」と「仏教」はことさらねらわなくても入りこんでくる。教室の彼女を撮れば、壁にかけられた王と王妃の肖像写真が写りこむというふうに。仏教はもっとひんぱんにフレイム・インしてくる。仏教が、人々の生活の最も身近なところで関わっていることのあかしだろう。仏教が水や空気のように自然に当たり前に、そして必須のものとしてあるタイ。それであれば、人々が仏像とそっくりな微笑みをうかべるのに不思議はない。

都会っ子はインターナショナルな面が多いものだけれど、そのひとりのヌックがファインダーの中でタイのほほえみを点じるたび、僕は反射的にシャッターを切ってしまう。そのほほえみに、一個人を越えた奥深さ、悠久さを感じてしまうのは僕だけじゃないだろう。写真家としてはそれが写真に刻みえていることを祈るばかり。

(文・写真 ERIC)

ERICさんによる、世界のともだち⑮『タイ バンコクの都会っ子 ヌック』の
詳細はこちらをごらんください。
ヌックは誕生日にお寺だけでなく、農場にもつれていってもらったのです。
そんなようすも描かれています!

ERIC

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1976年香港うまれ。1997年に来日、「西村カメラ」で写真を学ぶ。「生活のなかの人々の姿」をテーマに撮影をつづけている。2001年、「蓄積と未来」でコニカフォトプレミオ大賞受賞。2009年、「中国好運 GOOD LUCK CHINA」で第9回さがみはら写真新人奨励賞受賞。写真集に『everywhere』(東京ビジュアルアーツ出版)、『中国好運 GOOD LUCK CHINA』『LOOK AT THIS PEOPLE』『Eye of vortex』(以上すべて赤々舎)などがある。

http://ericolour.com

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