取材日記

スレイダーとの出会い その2

2014/04/07

きょうの取材日記は、『カンボジア』の古賀絵里子さん。2回めの登場です。前回の取材日記では、シェムリアップで主人公が見つからず、肩を落としていた古賀さん。新たな出会いをもとめて、プノンペンへむかいます。(その1はこちらです)

プノンペンから車で30分ほどの場所にあるタナム・チュロム村。
その村に知人の里子は暮らしています。里子はカンボジア王室のマリー王妃が設立した支援団体「ソバナ」から選ばれた子ども。マリー王妃は恵まれない子どもへの学費支援、女性の自立協力やカンボジアの伝統工芸復興を目的として、この組織をつくったそうです。

後日、マリー王妃と面会させていただく機会を得ましたが、その中で心に残っている言葉があります。
「情報があふれている今では、貧しい家の子も手の届かない物を目にする機会が多くあります。でも、それを羨んだり盗んだりするのではなく、将来自分が働いたお金で買うということを学んで欲しい。子どもたちの夢が、カンボジアの未来なのです」。
自国の未来を考え、行動するマリー王妃に深く感銘を受けたと同時に、まっすぐないい本を作ろうと胸に決めました。

タナム・チュロム村では私たちとソバナスタッフの訪問に、あちこちから村人がかけよって来ました。村のほとんどの家族が、廃品回収で生計を立てていて、一日の収入は約1.5ドル。兄弟は3人以上いることが多く、家は中古のトタンや木材の手づくり。子どもは家の手伝いをして学校にも行くのもままならないそうです。

村のそばを流れる川は工業廃水で真っ黒、広場でゴミが燃やされ、しばらくいると私は頭が痛くなりました。そんな環境でも、子どもたちは友達とはしゃぎ回り、親は廃品の仕分けをしながら、目が合うと笑顔を返してくれるのです。物はなくても、家族と生きられることの幸せ。貧しくても、帰れる家がある有難さ。そんな当たりまえのことを、つかの間の滞在で感じました。

里子をもっと増やしたいという知人が、スタッフから候補の子どもたちが載った冊子を受けとると、母親と子どもたちがさらに集まって来ました。学費の支援を受けられれば、それだけ家計も余裕がでるのです。

私はその状況を遠くから見守っていたのですが、同じようにしてその様子を見つめる母子がいることに気がつきました。娘の肩に手をかけている母親に思わず声をかけると、娘も冊子に載っているといいます。「なぜあそこへ行かないの?」そう聞くと、小さくお母さんは微笑み、少女は恥ずかしそうにうつむきました。

その姿に私は感情が抑えきれなくなりました。「私が力になるから大丈夫だよ」。そう言ってお母さんの手を握ると、お母さんはしっかりと私を抱きしめてくれました。パッと笑顔になった少女の名前はスレイダー(当時12歳)。その笑みが忘れられないまま、帰国の途につきました。

主人公探しとはまったく縁のないような出会い。それでも、機上ではスレイダーを主人公とした物語が天高く動きはじめたのです。

(写真・文 古賀絵里子)

古賀絵里子さんによる、『カンボジア スレイダー 家族と生きる』の
くわしい情報はこちらからどうぞ!

 

古賀絵里子

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1980年、福岡県生まれ。上智大学フランス文学科卒業。フリーランスの写真家として、広告撮影や写真講師、テレビ出演などで活動する一方、高野山へ通い新作『一山』の撮影を続けている。2004年、フォト・ドキュメンタリー「NIPPON」受賞。 2011年、浅草に暮らす老夫婦の晩年を綴った写真集『浅草善哉』(青幻舎)を発表し、翌年「さがみはら写真新人奨励賞」を受賞する。国内外で個展、グループ展多数開催。主な収蔵先に、清里フォトアートミュージアム、フランス国立図書館がある。

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