取材日記

夏のモンゴル、冬のモンゴル

2014/02/03

⑤巻めの『モンゴル』を撮ったのは、モンゴルに通いはじめて17年(!)という清水哲朗さんです。夏と冬にある国民的行事、「ナーダム」と「ツァガーン・サル」。モンゴルを語るうえで欠かせないこのふたつの行事とは……?

草原の国として有名なモンゴル。『スーホの白い馬』という絵本や、恐竜の化石が多数眠るゴビ砂漠などからその国の存在を知った人も少なくないでしょう。また、日本の大相撲界を牽引しているのはご存知モンゴル人力士たちです。日本人と見まがうほどの顔つきなので、出身地のアナウンスや話を聞かないと見わけがつかない力士もいますね。

僕はモンゴルにはもう17年も通っているので、世界のともだちシリーズ『モンゴル』の主人公は、比較的簡単に見つかりました。バタナー少年とはじめて出会ったのは彼がまだ6才のころ。親友のモンゴル人写真家のいとこで、その愛くるしい体型と物怖じしない性格、乗り物好きは当時も12才となった今も変わっていません。

取材におとずれたのは2012年夏、2013年冬と夏の3回。気温差が60度以上あるモンゴルの夏と冬のくらしをおいかけるのもひとつの目的ですが、この時期をえらんだ真の目的は、モンゴル相撲・弓・競馬の祭典「ナーダム」と、旧正月の「ツァガーン・サル」という二大国民的行事を撮るため。モンゴルを語るうえでこのふたつの行事ははずせません。バタナーがそれぞれの行事をどうすごすのかにも興味がわき、このふたつの行事を軸にストーリーを組み立てようと思いました。

夏の祭典、「ナーダム」はモンゴル人のだれもが楽しみにしている行事。その中でも競馬は遊牧民としての誇りをかけての戦いです。


馬主兼調教師であるバタナーの家では前日の準備から当日まで大変な興奮でした。密着取材だと事前に説明していたのに「出走前は馬も騎手も関係者もすべて撮影してはならない」と聞いたこともない迷信を言われ、いつもとは違う緊張感がただよっていました。それが功を奏したのかはわかりませんが、バタナー家の馬は見事2位に入賞。この結果には相当しびれました。

そして季節がめぐり、冬の撮影です。

冬の「ツァガーン・サル」の撮影には、予想はしていたものの、3つの苦労がありました。まず「いつやるか」が直前まで決まりません。モンゴル暦での「お正月」なのですが、「お正月」そのものの日程がなかなか決まらないのです。そのため、取材日程がなかなか立てられず、日本での仕事を受けるに受けられず、もどかしさばかりがつのりました。

次に低温対策です。現地では気温は-30℃以下になる日もめずらしくないため、防寒着はもちろん、機材が凍らないような対策をしなければなりません。充電もできないのでデジカメのバッテリーは実に20個以上用意しました。また、寒い屋外の撮影を終えて、暖かいゲルへの中へ入ると、温度差によって一瞬にしてレンズ表面が結露し、ボディ(カメラ本体)も汗をかいたようにびしょぬれになってしまいます。そうなると自然乾燥させるしか解決策はなく、どんなにいいシーンがおとずれても撮影はできません。家の手伝いをよくするバタナーは、出たり入ったりをくりかえすので、これは困った問題でした。2台あるボディのうち1台を室内専用にしましたが、外の撮影がもりあがってボディを2台とも外で使ってしまう時もありました。そんな時は「あー、やっぱりくもっちゃったか…」とゲルのなかの暖かい生活をたのしみました。

最大の難関は食事でした。モンゴルの正月料理はボーズという肉まんです。ゲルを回ってあいさつをするたびに、その家のボーズがふるまわれます。すでに満腹でも食べなければ失礼になります。体が大きくて大食漢のバタナーを頼りにしていたのですが、何軒も回るうちに「もうあきた……」といい、あいさつもそこそこにゲルを出ていってしまいました。ゲルに残された僕の目の前には「遠い日本からよく来た」ということで、ことさら山盛りのボーズが……。それにくわえてアルコール度数の高いモンゴルウォッカで何杯ももてなされる始末。ここだけの話、満腹と酔いで撮影どころではなくなり、寝てしまうこともありました。

旅行された方はわかると思いますが、モンゴルの旅は大体イメージ通りにはなりません。臨機応変、といえば聞こえはいいですが、行き当たりばったりの対応があまりに多いのです。そんなモンゴルで順調に(?)撮影ができ、写真絵本として無事刊行できたのは、バタナーや家族、親せきたちの協力のおかげだと、心から感謝しています。

文・清水哲朗

清水哲朗さんによる、世界のともだち⑤『モンゴル 草原でくらすバタナー』はこちら

清水哲朗

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1975年横浜市生まれ。23歳でフリーランスとして独立。ライフワークとしているモンゴルでは独自の視点で自然風景からドキュメントまで幅広く撮影。2005年「路上少年」で第1回名取洋之助写真賞受賞。2007年NHK教育テレビ「趣味悠々」デジタル一眼レフ風景撮影術入門講師として出演。2008年放浪フォトエッセイ『モンゴリアンチョップ』をNNAより出版。2012年15年間のモンゴル取材をまとめた写真集『CHANGE』を上梓。個展開催多数。日本写真家協会会員。

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