取材日記

アヌスカのピアス

2014/01/13

今日の取材日記は、7巻目『ネパール』のカメラマン、公文健太郎さんの登場です。『ネパール』の主人公はにぎやかな街、バネパでくらす8才の女の子、アヌスカ。お父さんとお母さんはバスターミナルのショッピングセンターで洋品店をいとなんでいます。いつも明るく、テンション高めなアヌスカですが、今回の取材ではちょっとようすがちがったようで……

カトマンズからバスにゆられること1時間半。山道を抜けたバスは、大きなビルがならび、人々であふれたにぎやかな街に到着しましす。ぎゅうぎゅうにつめこまれたバスの車内から、僕はやっとの思いで外に出て、大きく息を吸いました。砂ぼこりがまうバスターミナルの空気は決しておいしいとは言えませんが、長年通い続けてきたバネパの街に到着したことを感じさせてくれます。

ターミナルの片隅にある洋服店で僕をでむかえてくれるのがアヌスカとその家族です。アヌスカはいつも僕を見つけると「カルマ アンクル アヨ!( カルマおじさんが来たよ!)」(カルマはネパールでつけてもらった僕の名前)と大声で叫び、走り回って周りの友人たちに知らせます。それがどうでしょう。今日は店先のイスに腰かけたまま、しょうがなしにという感じで手をふってくれるだけです。かたわらでそれに気づいたアヌスカの母、ゴマが僕の方を見て、ふくみ笑いを浮かべました。

「どうしたの? 怒られでもしたの?」「いいところに来たわ。あの子、ピアスの交換が怖くて逃げまわってるの。あなたから痛くないって言ってやってよ」よく見るとアヌスカの鼻には、前に会った時にはなかったピアスがついています。

ネパールにはいくつかの民族が暮らしています。それぞれ独自の文化やしきたりを持っています。鼻につけるピアスもそのひとつです。アヌスカたちチェトリ族の女性は、10才になる前、ちょうどアヌスカくらいの年のころから、鼻にピアスをつけます。今では、その意味合いもうすれてきているようですが、そもそもは魔よけと信じられていたものです。

アヌスカは1週間前にはじめて鼻にピアスを通しました。穴をあけるためのピアスは鉄製で、仮のもの。そのままにしておいてはアレルギー反応が起きてしまうため、1週間をめどに金でできたものにとりかえなければいけません。アヌスカのピアスの周りも少し赤くはれているようでした。痛いのか、かゆいのか、アヌスカはときどき鼻をさわって浮かない顔をしています。
ふだんなら洋品店の前をかけまわっている子どもたちも、アヌスカがそんな状態だからどうも調子が出ないようです。活気がなく、静かなせいか、洋品店の客が少ないことがいつも以上に気になってしまいます。

洋品店の仕事が落ちつくお昼どき、ゴマが意を決したように立ち上がり、アヌスカの手を引きました。ぬぁぅーー! とだだをこねるように抵抗するアヌスカに、ゴマはひとこと、「いつまでそうやってるの!!」といって、引きずるように店を出ました。

街を横切る大通りをわたった先に金の装飾品をあつかうお店があります。輪になったもの、花のようなかたちをしたもの、いろいろなピアスが並ぶなかから、アヌスカはあこがれている近所のお姉さん、サヌと同じシンプルなものをえらびました。

「これ、さしかえてください。この子痛がって私にはさせてくれないんです」とゴマは店主に声をかけました。店主は大きな金製品を買いにきた上客の相手にいそがしいようです。手に持った大きなピンセット(さっきまで金の重さを量る分銅をつかむのに使っていた)の先をカチカチとならしながら、めんどくさそうにふりかえりました。ピアスをとめる金具をピンセットでつまみ、ひねって、ピンを引き抜くだけなのですが、つまんでひねるが大変です。アヌスカの鼻は日本人にはうらやましく思えるほど高く、すっとしている一方で、中は狭く深いからよけいです。そして、さわるたびに、あけたばかりの穴がどうにも痛むようなのです。

なんども挑戦しましたが、半べそをかいていやがるアヌスカに、とうとう店主はしびれをきらし、もう知らん! とさじを投げられてしまいました。痛さと、悔しさと、寂しさがまじったような表情をうかべながら、またゴマに引きずられるようにして、アヌスカは店へともどっていきました。

それから数日間、洋品店のあるショッピングセンターではアヌスカのピアスの話題でもちきりでした。お茶を飲みながら、客待ちをしながら、こうひねった方がいいとか、寝てるあいだにやってしまえとか、みんな勝手なことばかり話します。そして、みんなの説得の結果、アヌスカが答えを出しました。「お父さんにやってもらう……」ピアスを選んでから5日後の午後のことでした。

ショッピングセンターのみんなが見まもるなか、アヌスカの父、アショークが挑戦します。アヌスカが顔をゆがめるのに合わせ、周りもみんなで顔をゆがめ、息を止めます。

何回かの挑戦のあと、無事にピアスがぬけました。みんなの息がふっと抜け、自然と拍手が起こります。涙をぬぐったアヌスカはすっきりとした笑顔をみせています。
やっとこれでみんなに笑顔がもどる。僕は心からほっとしました。世界のともだち・ネパールの撮影はこんなスタートでした。

文・公文健太郎

公文健太郎さんによる、世界のともだち⑦『ネパール 祈りの街のアヌスカ』はこちら

公文健太郎さんのネパールの本、ほかにもあります!
写真絵本『だいすきなもの ネパール・チャウコット村の子どもたち』
アヌスカがうまれるまえのおはなし フォトエッセイ『ゴマの洋品店 ネパール・バネパの街から』

公文健太郎

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1981年生まれ。1999年から、ネパールを舞台にドキュメンタリー写真を撮り続け、写真集やエッセイ、写真展などで発表。また、近年は世界各地にテーマを持ち、作品づくりを続けている。写真集に『大地の花―ネパール 人びとのくらしと祈り―』(東方出版)、『BANEPA―ネパール 邂逅の街―』(青弓社)、写真絵本に『だいすきなもの―ネパール・チャウコット村のこどもたち―』、フォトエッセイに『ゴマの洋品店―ネパール・バネパの街から―』(ともに偕成社)などがある。2012年日本写真協会新人賞受賞。

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