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Q どうして絵が好きになったんですか?

 ふりかえってみると、私の創造力が育まれたのは、今まで出会ったいろいろな人たちの行動が、なにか不思議な力でうまくかみあったからのようだ。

 私の父は、昔から絵が大好きで、画家をめざしていた。でも、税関吏だった私の祖父は、家族が〈売れない絵描き〉になるのには反対だった。だから、父は市の職員になった。でも、父は絵に対する興味と絵を描きたいという気持ちを失わず、よく私に絵を描いてくれたんだ。とくに動物の絵をね。

 フリッキー先生は、ニューヨーク州シラキュースの小学校1年生のときの担任の先生だ。先生は、私が父からうけついだ絵心をみぬいていた。そして、三者面談のとき、母に「息子さんにはとても絵の才能があるから、それを大切に育ててあげてください」といってくれたんだ。

 クラウス先生は、ドイツのギムナジウム(中学・高校)時代の美術の先生で、すぐに、私が絵を描くのが大好きだということに気がついてくれた。そして、慎重に配慮しながら、私が芸術的才能をのばしていけるようにしむけてくれたんだ。
 私が12か13歳のとき、先生はこっそり、〈禁じられた美術〉の複製画を見せてくれた。それは、当時隆盛をきわめていたナチスが〈退廃芸術家〉とよんだ画家たちの作品だった。また、ドイツ表現主義者や抽象画家の作品もあった。ほんとうはもちろん、〈退廃〉なんかしていない、りっぱな芸術家たちだ。
 この大胆な行動によって、先生は学校をやめさせられるか、あるいはもっとわるい状況におちいる可能性だってあったんだ。クラウス先生の勇気ある行動によって、私はドイツ表現主義や抽象画の美しさに目をひらかれた。
 また、こうしてクラウス先生は、私を信頼しているということを示してくれたんだよ。

 シュナイダー教授は、私が16から20歳までデザインを学んだ美術アカデミーの先生だ。アカデミーでの4年間は、私が絵を勉強してきたなかで、もっとも刺激を受けた時期だった。アカデミーでは、さまざまなルーツや経歴を持つ友達とも出会うことができたしね。ここで、私の芸術的・精神的・文化的な視野が広がった。
 シュナイダー教授が教えてくれたこと、それは、端的にいうと、デザイナーというのは、目に見えるすべてのものを、質が高く趣味のいいものにしあげる責任がある、ということだ。例えば、本のイラストやショッピングセンターの色の配置、コーヒーカップの形、ポスターデザイン、文字の書体などをね。

Q 子どものころ、らくがきはしましたか?

 子どものときだけじゃなくて、いまもやっているよ!

 ものごころついたときから絵を描くのが大好きだったし、自分はずっと絵を描いていくだろうと思っていた。
「大きくなったら、なにになりたい?」と聞かれる年齢になったときには、「絵を描きたい」「アーティストになりたい」「らくがきやさんになりたい」といっていたよ。
 えんぴつや絵の具やクレヨンや紙をつかってなにかするのは、とっても楽しいことなんだ。らくがきは、やめられないね。

Q いつからひげを生やしているんですか?

 ひげを生やそう、なんて思ったことはいちどもないんだけど……とにかく、いきさつはこうだったんだ。

 1970年代初め、私はマサチューセッツ州北西部に土地を買った。遠くに見える丘をもっとよく見たいと思って、高い松の木によじ登った。すると突然、足もとの枝が折れた。そのまま落ちた私は、背中を強く打ってね、脊椎を痛めてしまった。

 病院では、看護師さんがひげをそってくれるといったんだけど、「退院したら、自分でそるからいいよ」とことわった。

 それから……おわかりのように、退院してもひげをそらなかった、というわけ。
 ちなみに、脊椎は無事なおったから、もうだいじょうぶだよ。

Q カールさんはアーティストですか?

 そうだね。でも、世の中にはいろんなアーティストがいるよ。

 アーティストのなかには、コマーシャル(商業)・アーティストとよばれる人たちがいる。この人たちは広告デザイナーやグラフィック・デザイナーで、お客さんのために働き、製品に絵を描き、そして締め切りがある。私も学校を卒業後、広告デザイナーとして働いていたんだよ。

 また、一方には、純粋な絵描きや彫刻家がいる。この人たちは、したいときにしたいことをする。彼らは通常、商業アーティストと区別するために〈スタジオ・アーティスト〉もしくは〈芸術家〉と呼ばれている。こうした人たちは、自分の芸術に対してはとてもいっしょうけんめいだけれど、お客さんや締め切りはないよね。

 私は絵本作家だから、商業アーティストと芸術家の中間のどこかにいると思う。私には、本という製品があって、読者というお客さんがいる。同時に、純粋な芸術家のように、自分のすきなときに、すきなように本を作ることができる。

 ところで、純粋な芸術家だからといって、作品がすぐれているとはかぎらない。私は、下手な芸術家の作品よりも、すぐれた商業アーティストの作品を選ぶよ。

Q 英語以外のことばは話せますか?

 話せるよ! きみたちも、家で話すことばと、学校で話すことばはちがったりするんじゃないかな。私は、英語とドイツ語の2か国語を話せるよ。

 私はニューヨーク州シラキュースで生まれて、6才まで英語を話していた。それから、両親が生まれ育ったドイツにひっこした。すぐにドイツ語を身につけたけれど、英語の方はほとんど忘れてしまった。それを高校でもう一度勉強して、22才でアメリカにもどったから、2か国語が話せるんだよ。

 2か国語を話せると、おもしろいことがあるよ。ときどき、あるドイツ語の単語が頭にうかぶと、英語のいい方がわからなくなってしまうんだ。その逆もある。

 45年以上も、もっぱら英語を話しているので、いまはもう英語で考えたり夢を見たりすることのほうが多い。ドイツ語よりも、英語のほうがうまいんじゃないかな。ドイツを訪れると、自分のドイツ語を生き返らせるために、テレビを何時間か見る。そうすると、また思い出すんだ!

Q 『くもさんおへんじどうしたの』のくもの巣や、『だんまりこおろぎ』の鳴き声、『さびしがりやのほたる』の光るしかけは、どうやって作られているんですか?

 名刺や文房具で、文字の部分がもりあがっているものをみたことはある? 『くもさんおへんじどうしたの』のくもの巣は、それとおなじしかけだよ。これは、隆起印刷という印刷方法だ。プラスチックの物質を混ぜたインクでくもの巣を紙に印刷し、それを加熱するんだ。熱をくわえることによって、くもの巣がもりあがって固くなるんだよ。

 『だんまりこおろぎ』は、裏表紙にコンピュータチップがくみこんである。見た目ではわからないけれど、注意ぶかくさわってみるとわかるよ。カメラなんかにつかわれている小さな電池が入っていて、鳴くしかけになっている。鳴き声はコンピュータチップから出るんだ。

 似たようなコンピュータチップが、『さびしがりやのほたる』の裏表紙にも入っている。小さな電池が、小道のように配線された電気回路に電気を送り、ほたるの光る部分についた電球にとどく。こうして、夏にしか見られないほたるを、最後のページでいつも見ることができるんだ。電池が切れたら、交換することもできるよ。

 考えてもごらん。1440年ごろにグーテンベルグが印刷技術を発明して以来、本は人びとの身のまわりにある。それまでは、本は手書きで写していた。『くもさんおへんじどうしたの』『だんまりこおろぎ』『さびしがりやのほたる』は、コンピュータチップやプラスチックのおかげで、とても現代的な本になった。昔の技術と現代の技術がいっしょになって、魔法みたいなことができたんだ。これはすごいことだね。





Q 『とうさんはタツノオトシゴ』が、ほかのカールさんの本とちょっとちがうのはなぜですか。それから、ヨウジウオのあとに、透明シートがないのはどうしてですか?

 きみたちのなかには、『とうさんはタツノオトシゴ』のやわらかい色づかいや質感が、いつもの私の本とちがうな、と気づいてくれる人がいるかもしれないね。
 私はいつも、薄紙のシート全体に色をつけてから形を切りとるんだけれど、この本の場合は、最初にタツノオトシゴの形を切りとって、それから色をぬった。いつもとやり方を変えたんだ。なぜなら、タツノオトシゴを、みんな同じ形にして同じように彩色しなければならなかったからね。

 ある熱心な読者が最近手紙をくれて、「なぜヨウジウオの後ろに透明シートがないんですか? お話のパターンがくずれてしまいますけれど。」と聞いてきた。
 この本を作っているとき、ヨウジウオの後ろに透明シートをつけることは考えていなかった。私が物事を決めるときによくやるように、半分意識的に、半分直感的にしたことだった。
 もう1枚透明シートを入れると、製本の段階でうまくいかなくなるのがわかっていたということもあるけれど、そうしたのは、単に技術的な問題だけじゃないんだ。
 私はよく、本の後半で、わざとリズムや話のペースを変える。それは、読者に、お話がおしまいに近づいてきましたよ、と伝えるためなんだ。
『とうさんはタツノオトシゴ』の場合、5枚目の透明シートがないことによって、効果的にお話のパターンやリズムを変えることができたんじゃないかと思っているよ。

Q カールさんのポスターやリトグラフを買いたいのですが。

 マサチューセッツ州アマーストにあるエリック・カール絵本美術館を、ぜひ訪れてください。ポスターやリトグラフを買うことができます。 もちろん、美術館のオンラインストアでも買うことができるので、見てみてね。





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